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乱歩と大衆文化の池袋

古書月報より
八勝堂書店 八木 勝

去る、八月十九日より二十四日の間、池袋東武百貨店と立教大学旧江戸川乱歩邸で『江戸川乱歩と大衆の二十世紀展』が開催された。
去年、西武百貨店イルムス館で『蔵の中の幻影城』と銘打った乱歩展の記憶を持たれている方も多いと思うが、展示品目は西武の時の方が多かっただろうか?
しかし今回の展示は広いスペースをゆったり使いまた違う切り口で観せてくれ、それなりに楽しめたと思う。
何より今回の目玉だったのは、乱歩邸の蔵『幻影城』の一般公開ではあるまいか、立教大学により整理、収蔵品の学内への移動が進み期待したよりは若干、蔵の中が「サッパリしてたなぁ」との声も耳にしたが、在りし日の乱歩の姿を偲ぶには十分であったろうと思う。
それと今回、小店も協賛の一部に入っていたが、豊島区・読売新聞・日本推理作家協会などの後援で大いに宣伝して戴き池袋西口を挙げてのイベントに成った事が成功の要因だったろうか?
勿論、元高野書店の主人で現豊島区長、高野之夫氏の尽力も忘れてはならない、因みに会期中に東武百貨店会場と乱歩邸に訪れた人数は約二万人に達する。
乱歩は昭和九年より同四十年七十才で亡くなるまで人生の約半分近くを池袋の現在の場所で暮らした事に成る、これは乱歩のお孫さんに当たる平井憲太郎氏が語ってくれたのだが
「戦前の祖父はあまり近所付き合いなどする方では無かったようなのですが戦災に被った時に町内会で蔵も含め消火活動をしてくれたお陰で我が家は焼けずに済んだのです。」
との事で有った、それが原因なのかは解らないが戦後、乱歩は町会の副会長を引き受け、あの几帳面な性格で当時の配給の配分や町会行事の記録など微細にしかも膨大な量を残している。
それとほぼ同時期に大下宇陀児が池袋東口で町会長をやっている、池袋の東西で推理作家の巨人とも言うべき二人がそんな立場であったのは何とも面白い話だ。
八勝堂は池袋で昭和三十六年に開業しているので生前、乱歩は小店に来店しているかもしれないのだが全く記憶が無く残念だ。
池袋は数多の作家、絵描きや文化人が居を構えた所であり山手樹一郎、井口朝生父子を始め様々な方が来店されているのだが余り覚えていないのは我が不徳の致す所で有ろう。
ただ瀬沼茂樹氏は伊藤整氏や高見順氏を伴ってふらっと来店されて「おい! 八勝堂、まだ仕事してんのか、呑みに行くぞ!」と嬉しいやら困ったお誘いに苦笑したのも懐かしい思い出である。
池袋モンパルナス、長崎アトリエ村などからは名立たる絵描きも輩出している、彼のトキワ荘も隣の椎名町に有ったが、その名残なのだろうか今、世界を席巻している『アニメーション』はそれらの地域の小さな事務所の若者達が生み出しているのだそうだ。
今も昔も『大衆とサブカルチャー』の街池袋「八勝堂! 畑違いの物、扱ってるね」と笑われながらも、この街で本屋として生きるからこそ『進取の気概・チャレンジ精神』は何時迄も失わないようにしたい。

東京古書組合発行「古書月報」より転載
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