場末の小さな奇跡
〜 自働人形師武藤政彦氏をめぐって

小野塚 力

日常における、わずかな隙間のようにつくられた非日常的空間。私は、自働人形師ムットーニこと武藤政彦氏の立体作品群の上演空間においてそうしたものを見出す。自働人形師武藤政彦氏の作品群は、近年、精力的に大規模な展覧会が全国各地で開催され、より人口に膾炙するものとなった。いわゆる、自働人形ときいたとき、西洋におけるオートマタ、または日本のからくり人形を連想される識者が多いことだろう。また、いわゆる、人形という観点から、球体間接人形などを思いつく方もいらっしゃるだろう。だが、武藤政彦氏のつくりだす人形達は、そうしたものとは全く異なっている。ムットーニ作品の最大の特徴。それは、徹底した物語性の追及にある。一作品3分から6分にかけて、電源投入後、つかのま演じられる小さな物語。ときには、作者本人の口上やトランペット、ギター演奏などを交えて提示されるパフォーマンスは、ある種の演劇空間にも似ている。大都会におけるベンチに座る恋人たちの風景から未来都市の風景までを描き出す「摩天楼」、パイプオルガン奏者の演奏に導かれる女神の昇天を扱った「カンターテドミノ」。その作品群は、精緻さからはどちらかといえば、遠い。むしろ、粗さやぎこちなさから喚起されるアトモスフィアが、鑑賞者の想像力を刺激し、作品に対する独自の解釈、物語を考えさせるところにその魅力がある。そういう意味では、ある種の共犯意識を作品を介して作家と結ぶことになる。もう少し、作品世界の核となる要素について考えてみたい。ひとことでいえば、それは〈光〉と〈闇〉から生み出されるドラマである。二〇〇〇年に青山円形劇場で上演された舞台「メランコリーベイビー」に武藤氏も役者として出演されていたが、劇中、人形達の実演もいくつか挿入されていた。そのなかの「海の上の少女」の上演時のことだ。青い小さな箱から現れた少女の人形の足元につけられたミラーボールに、光が当てられ、劇場中に光が乱舞したあの光景を私は生涯忘れることはないだろう。やはり、ムットーニは、闇の中で演じられたときに真の美しさを発揮する。(この芝居の台本は、工作舎より書籍として刊行されている。)

武藤政彦氏に関する著作は、作品集「ムットーニの不思議人形館」(一九九三年十月、工作舎)、「ムットーニカフェ」(二〇〇〇年二月、工作舎)、CG画集「ムットーニ おはなしの小部屋」(二〇〇二年十一月、平凡社)、アイデアメモをまとめた「ムットーニスモ」(一九九七年八月、牛若丸)がある。油絵からは距離を置いた氏だが、作品をCGにおこす作業は継続的におこなっており、展覧会毎に販売もされている。この「ムットーニ おはなしの小部屋」に収録されたのは、タロットカードを主題に書かれた作品群であり、氏の書き下ろしたCGにまつわる小さなお話を楽しむことができる。かつて、ムットーニBOXという、書き下ろしのCGとお話をふきこんだCDを手作りの箱にいれて限定販売をおこなった時期もあったが、そうした試みが一冊の本として結実したといえよう。 作品集二冊もそれぞれに魅力があるが、個人的に武藤氏の魅力を最大限に活かしたつくりになっていると感じる本は別に存在する。二〇〇七年二月に製作された、「ムットーニのからくり書物」という世田谷文学館で開催された展覧会のパンフレットである。当時、この展覧会を担当した主任学芸員、斉藤直子氏の目配りの行き届いた素晴らしい本である。(現在、世田谷文学館には六台のムットーニ作品が所蔵されているが、いずれも文学作品に取材した作品群である。)

書冊からでも、その魅力は十分に感じることができるが、やはり、ムットーニは動いてなんぼである。実際に興味をもたれた方は、世田谷文学館等の常設作品をみていただければと思う。

                                                                    ― 完  


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