『そのまま豆本』(河出書房新社)

赤井都


 小説家をめざす建築学生だった。『すばる』で最終候補になった頃、友人がSFの絶版文庫を貸してくれた。光瀬龍、川又千秋、半村良など。それからスタージョン、ルグヴィン、ダンセイニ、稲垣足穂など読み進め、新人文学賞募集にある「現代の混迷をえぐる」方向から外れていった。

 幻想的な超短編小説を書き溜めて、一冊400円の個人誌にしてみた。紙の本になったら、インターネット上に作品を置いて「全世界に公開」していた時よりむしろ読者が増えた。増刷をしたり、一行詩を載せた「ミニ掛け軸」栞を作ったり、手を広げた。SFを貸してくれた友人は「赤井さんが傘はり浪人のようになって」と心配をした。その頃、小さな虫籠を手に入れて、中に小さな本を入れた。羽の折れた鳥族の女性の話で、読者の一人から、木口木版の挿画が届いた。その版画につりあうよう、本を独学でハードカバーに仕立て直し、2006年、アメリカを本拠地とするミニチュアブック協会の国際的な豆本コンテストに応募した。中村高之との共同制作である、この『籠込鳥 Caged』は、日本人初受賞のグランプリとなり、限定20部は一年以内に完売した。個人活版印刷家との出会いなどで、翌2007年制作の『雲捕獲記録 Dancing on the Cloud』で再びグランプリを連続受賞した。この道に呼ばれていると感じた。小さいものに私は必要とされている。自分の才能が、まさか豆本にあるとは思いもよらなかった。  より技術と知識を身につけるべく、池袋のルリユール工房で普通サイズの西洋伝統製本工芸を学びつつ、豆本制作を続け、昨年秋、河出書房新社から『豆本づくりのいろは』を出版した。96ページB5変形の中に受賞作を含む11作品の制作プロセスをオールカラー写真で解説した技法書だ。

 この9月に、河出書房新社から二冊目の本が出た。『そのまま豆本』というタイトルのとおり、本を切り取ってそのまま豆本を作ることができるキット集だ。本好きは「本を切ってしまうんですね」と若干暗い顔になるが、実物の本の展開図を17種類も見られ、しかも組み立てれば完成品になる、画期的な「本in本」だと思う。私のオリジナル小説も豆本の中身として入り、小説家志望から始まった豆本への道が、こんな形で出版につながるとは思わなかった。こっそり気づかれたいのがその『星露を売る店』。内容もそうだが、書肆ユリイカの『稲垣足穂全集』(1958年〜)を踏まえたブックデザインにした。この本は、扉写真で豆本たちの背景にもうっすら映っている。

 また『いろはにほへと』は、明治時代の教科書から拾った木版文字と、描き下ろしのとてもかわいいイラストが一緒になった和綴じ豆本だ。背表紙がつながっていて二方向から開くアートブック『春の歌・秋の歌』の表紙には、かげろう文庫の店頭で購入した図案集から、和の伝統文様を取った。中身は花の写真と「古今和歌集」。他にもティーバッグ型フランス装豆本、丸いビスケット型折本、NASAの星雲写真を使ったサイコロ型折本、ルドゥーテの画が入った継表紙風豆本、賢治の『やまなし』を上下巻で全文収録しスリップケースに収める豆文庫など「簡単だけれど本格派の出来になる」ところを目指した。バリエーション豊かな本たちを、身近な道具で気軽に作ることができる。一番小さな本は7mm四方の清少納言『うつくしきもの』。そして『そのまま豆本』カバータイトルは活版清刷を版下にした。小さくて本物志向の豆本設計に、美しい色や挿画が加わり、オリジナルの豆本を創作するだけでなく国内外の数々の豆本を目にしてきた私でさえ「かわいい!」と思う豆本ができる。

 「豆本はせせこまくて美しいと思えない」と本好きから聞いたことがある。そこで、本の版面はヤン・チヒョルトを参考に作図して余白を多く取り、本の縦横比を整数比や黄金比で美しいシルエットにした。

 来る10月11日の「豆本カーニバル」では、『そのまま豆本』を作るワークショップや、豆本の展示販売を行う。国際ミニチュアブックコンテスト受賞作の『籠込鳥』『雲捕獲記録』もガラスケース内に展示するので、東京古書会館地下の一日だけの豆本ワールドへ、小さな一歩で入ってきて下さい。




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