「かつて、ポスターはニューメディアだった。
『近代広告の誕生』」

竹内 幸絵


ロートレックやミュシャが描いた世紀末のアール・ヌーヴォーポスター。美術館学芸員(サントリーミュージアム〔天保山〕学芸員)だった私は、それらを手にする機会に幾度も恵まれた。芸術家らが手がけたちょっと新奇な版画。それらはそんな顔をしていた。この時代のポスターは石版で刷られていて優美だ。その時の私には、ポスターと版画とにさほど大きな違いはないように感じられた。実際その流麗さを好んだ同時代の蒐集家に愛蔵されたから、アール・ヌーヴォーポスターは、後世に残されたのだ。

しかし「ポスター」は、最先端の「メディア」として世に登場したものだ。決して「美術品」ではなかった。「ポスター」が当時社会に放った力や意味に気付いたのは、第一次世界大戦ポスターを初めて見たときである。戦争ポスターは美しくは無い。しかしそこには国を賭した強烈なメッセージがこめられる。私がそうだったように、同時代の日本人も、戦争ポスターを見て初めてポスターの「メディア性」に目覚めた。

見た目のインパクトによって人の気持ちに働きかけるメディア=ビジュアルメディア。私たち現代人はあまりにも日常的にテレビCMやWeb広告に触れていて、それを意識さえしていない。しかし、テレビも無く、雑誌の色刷りも2色がせいぜいの時代に、大きな紙にカラーで刷られたポスターを初めて見た人びとは驚愕した。そして中にはただ驚くだけではなく、その将来性を直感した人もいた。きっとこれ(=「ポスター」「ビジュアル広告」)は、世界を揺るがす力を持つことになる、と。

広告界の未来を信じた彼らの言動は、熱く、スピーディだ。調べるにつれ、私は様々な熱血漢に出会っていった。広告を商売に生かそうとするビジネスマンはもちろん、広告の伝播力を力にしようとする軍人、海外の最新動向を即座に日本版に描き換えるデザイナーや、クリエーターの意識改革を導く巧妙な戦略を編み出す指導者、広告を学問として確立しようとする学者、などなど。多くの熱血漢のエネルギーに励まされつつ筆を進めた。
さらに、劇的な見た目の変容にも心を奪われた。ほんの10数年で近世的美人画広告から一気に現代的なデザインへと脱皮していく広告。なぜこんなに短期間に変わりえたのか。さらに行き着く先にあったのは、想定外の「戦争の力」。私も一緒になってはらはら、わくわく、新生「広告界」を創る一員となって本書を書き進めていった。見た目の変化は500余点の図版として収録させて頂いた。

ポスターがニューメディアだった時代は、そんなに大昔の歴史ではない。90年ほど前のこと、大正末期から昭和初期だ。その頃から今日まで、ビジュアルメディアは猛烈な勢いで変化してきた。
変化の振れ幅が大きいが故に、メディアの原点を創った人々の物語は、今やいにしえの昔話に思えてしまう。忘れ去られてしまった、彼らの新鮮な驚きと行動。これを再発見したい。この思いが本書「近代広告の誕生」執筆の原動力となっている。

19世紀末、多色石版刷りという新技術によって、ポスターは生み出された。技術がメディアを生み、メディアが時代を変えていった。顧みて今、私たちもメディア変革の只中にいる。情報伝達メディアの技術革新は留まるところを知らず、主流はテレビからWebへ、それも急速にSNSメディアへと軸足を移しつつある。
石版印刷を発明したドイツ人、A.ゼネフェルダー氏は、ポスターが社会を変える力を持つとまで、想像してはいなかっただろう。同様にSNSメディアの伝播力がもたらす世界変化は、M.ザッカーバーグ氏(フェイスブック社CEO)の想像をも超えていくに違いない。

本書を手にとって下さった読者に、広告界創造を目指した90年前の人びとの熱意を、メディア変革期にある今日の私たちへのエールと感じていただければ幸いである。



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