アンドレ・シフリンの名前は知らずとも、数年前に大きな話題をよんだジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』(岩波書店)のことを記憶している人は少なくないのではないだろうか。本書の著者シフリンは、ダワーの長年の盟友であり、この『敗北を抱きしめて』を世に送り出した編集者である。
ダワーに限らず、シフリンが編集者として介在することで、アメリカで、また国際的にその価値を認められるようになった執筆者や作品は、知識人図鑑ができるほど多彩で、枚挙に暇がない。
シフリンは、言語学者として知られていたノーム・チョムスキーが偉大な平和思想家であることを発見し、その著作活動を全面的にバックアップした。シフリンが介在していなかったら、チョムスキーの国際的な名声もきっと今と違っていたものになっていただろう。フランスの哲学者ミシェル・フーコーの存在の大きさに早くから気づき、アメリカの知識社会への橋渡しをしたのもシフリンだった。閉鎖的なアメリカのアカデミズムに風穴を開け、ヨーロッパ発の刺激的な新しい知を紹介し、アメリカの学問状況を活性化させた。
一般に地味な黒衣だと思われている編集者だが、シフリンは、内外の数多くの優れた執筆者を次々と発掘し起用することで、新しい時代、新しい文化状況を切り開いていった。戦後ある時期のアメリカの出版文化が輝いて見えるとするなら、読者は、そこにこの名プロデューサーの存在があったことを知るはずだ。
ナチによる迫害、亡命、貧困、赤狩り、出版界の変質と馘首…と、シフリンの歩んできた人生は、決して平坦なものではなかった。本書は、同時代の政治的、社会的、文化的課題と格闘し続けてきた一人の出版人の自伝であり、きわめてオリジナルな、すぐれた現代史の証言である。「自由の名の下に、自由であることを許さない社会」へと変質して行くアメリカへの批判は痛烈であり、さまざまなことを考えさせずにおかないきわめて示唆的な著作である。
アンドレ・ジッドやマルタン・デュガール、ハンナ・アーレントらとの交流など、巧みな語り口で紹介される、知られざる多くのエピソードは、読む者を飽きさせることがないだろう。
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