『上京する文學』

岡崎武志

 これまで私の出してきた本は「古本」および「読書」が主流で、つまり「本に関する本」だった。たとえば『文庫雑学ノート』『古本でお散歩』『読書の腕前』というふうに。よくぞ、狭いテーマのなかでこれだけ本を執筆してきたものだと我ながら驚く。映画論や音楽論、コラムなども折り混ぜた雑文集『雑談王』は晶文社得意のバラエティブックだったし、『昭和三十年代の匂い』(学研新書)などは、私の仕事のなかでは異色と言っていいものだった。

 それが今回、一つのテーマで近現代文学を読込む本を出すことになった。『上京する文學』(新日文出版社)である。これは「赤旗」に連載された。しかし連載時の原稿を、五〜七倍に新たにふくらませ、村上春樹の章を書き下ろしで加えることに。刊行日も決っており、正直、これは難事であった。  夏目漱石に始まり、斎藤茂吉、山本有三、菊池寛、川端康成、江戸川乱歩、太宰治、林芙美子、井上ひさし、松本清張など、上京した作家、あるいは主人公が上京していくる作品を、「人はいかにして上京するか」「上京者にとって東京はどう見えるか」など、「上京」という切り口で、よく知られる作品や作家を新たに読みなおすことになった。

 そこに、三代続いた江戸っ子や、生まれながらの東京っ子の作家では気づかない「東京」の姿があるのではないか、と思ったのだ。私自身が、三十過ぎてからの上京者で、その「不安」や「昂り」についてもよく知っているつもりだったから、それが強みになるとも考えた。

 たとえば茂吉による郊外の発見、井上ひさしを苦しめた方言の問題、菊池寛をして親子丼に感激させた食べ物についてなど、「上京」に狙いを定めることで、近現代文学の特色も見えてきたのだ。  また今回、連載時の担当、単行本の担当、装幀、絵葉書の提供と、この本にかかわった主要な人がすべて「上京者」であった。これは狙ったことではないだけに、それがわかった時は愉快だった。だから愉快に読んでもらえるとありがたい。


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  新日本出版社 定価1,575円(本体1,500円)
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