昨年11月末に和泉書院から出版された『なにわ古書肆 鹿田松雲堂 五代のあゆみ』について「自著を語る」と題すれば、文字どおり自著を「騙る」ことになる。本書の著者は19世紀半ばから百年もの間、大阪船場で5代続いた松雲堂4代鹿田静七の長女四元弥寿さんである。私は彼女の稿を少しばかり整理したに過ぎない。
古稀をすぎて実家松雲堂の事績をまとめにかかった弥寿さんは、80歳の折、中之島図書館の『近代大阪の輝き展』(平成17年)で鹿田松雲堂関係の典籍が展観されるや、ますます力を入れて家に残る資料を繙くとともに、縁故の人々に聞き合わせて86歳逝去の時まで細かに綴られた。その稿の首尾を整え、それに関わる原資料を添えれば、大阪の出版・古書肆文化が浮かび上がるのではないか。編集にあたった私たちは鹿田本家から四元家に預けられた明治23年以来の古書カタログ「書籍月報」や「古典聚目」の揃いや古典籍を前に目をみはり、息を呑む思いでその整理から始めた。以来刊行に至るまでのこの1年余は、著者の長女山本はるみさんの大奮闘や長男大計視氏の全面的協力を得て、忙しいながらまことに楽しい時を過ごすことになった。
資料の漢文訓読にあたった合山林太郎大阪大講師や2代古丼の「思ゐ(ママ)出の記」、3代余霞の未公開の日記などの翻刻や注記に力を尽くされた山本和明相愛大学教授、それにお二人を仲間に誘うとともに常に的確な道筋をつけられた飯倉洋一大阪大教授には感謝のほかないが、皆さんそれぞれ大好きな古書のことに携わる楽しみを満喫しておられたようにも思う。本書をお読みになれば、私たちが味わった楽しさを理解していただけるに違いない。
たとえば口絵第1頁にある大塩平八郎市中施行券引札(天保8年)の写真。大塩が蔵書を売って貧民の救済に当ったのは有名だが、この引札は売り立てを取り計らった本屋が、引札と引き換えに1朱(16分の1両)を渡すとする證文で、1万人に配ったと称する。合わせて600両を超す大金となり、大塩がいかに良書を擁していたかも知れ、売り立てた金子は本屋がそのまま預かって庶民に配ったわけで、それを軍資金としたという通説も再検討したい気持ちになる。
また3代余霞の日記は2代の養子になる以前の店員として主人と行を共にしての購書の旅や蔵書家のありようなどの興味深い記述ばかりでなく、結婚して後の家庭人としての心配りなどもその人となりを偲ばせて胸を打つ。また日清戦争時の記録は、一庶民が戦争をどう見ていたか、新聞記事に影響されるところもあるが、率直な戦争の推移を見る目も歴史の証言として貴重だ。
表紙見返しに掲げる昭和10年代の船場の地図は60歳の弥寿さんが同級生に聞き合わせ、また記憶を頼りに写し取ったものだが、その精密さに驚く。裏表紙見返しの明治41年と昭和3年の東西古書肆番付も古書店ファンには見逃せまい。そのいずれの番付にも西の大関、横綱は鹿田松雲堂となっている。東西合わせて栄枯の跡を番付から辿ってみるのもまた一興だろう。
なお本書については忘却散人のブログに詳しい記述がある。ご覧いただければこの稿の不足が補われよう。
『なにわ古書肆 鹿田松雲堂 五代のあゆみ』 四元 弥寿 著
飯倉洋一/柏木隆雄/山本和明/山本はるみ/四元大計視 編
(和泉書院 定価2,625円)好評発売中!
http://www.izumipb.co.jp/izumi/modules/bmc/detail.php?book_id=48118&prev=released |