昨年12月に吉川弘文館から『満洲出版史』を刊行することができた。ここでいう満洲とは、日露戦争後に南満洲鉄道株式会社が経営していた時期、満洲国建国後に満鉄と並立していた時期、さらに治外法権撤廃により満洲国に経営権を移譲して以降の時期をさしている。つまり本書の出版の歴史は、この満鉄から満洲国崩壊までの満洲時期を通したもので、通史ということになる。そして実は、これら満洲時期に集積された出版物が戦後に中国の図書館に遺されたという歴史的事実を勘案すれば、その出版の歴史は、終戦時以降今日まで継続しているとも言いうるのである。
この満洲の時期に、いわゆる出版という営為が存在したのかとまずは問われるであろう。もちろんそれは統制の色合いが濃い歴史ではあったが、人びとが本源的に持っている表現への志向としての出版は、満洲に渡った日本人にあっても、また「満人」と呼称された満洲国に住まう人たちにとっても、その営為が成熟はしていなくとも確かに存在していたのだと答えておきたいと思う。だからこそ逆に強く統制が掛けられてきたと言えるわけだ。
とはいえ満洲の出版を論じるといってもこれに関する資料としてまとまったものはない。今回の作業でも、年鑑や法令輯覧などでその事象や法令をひとつひとつ拾って年表を作成していくことから始めた。そしてまたその記述や年月の表記も資料により不安定であり、なかなか確定しがたいところがある。しかも満洲地域で流通した出版物のうち、満鉄の刊行物や満洲国の官庁刊行物を別にすれば、民間で刊行された出版物はほとんど日本に残されておらず、図書館などの所在は少なく、古書市場に出た場合は大変な高値を呼ぶのが実情である。戦後の引き揚げでも持ち帰りの荷物に入れるには事情が許さなかったことから、現物自体が希少なのである。そんななかで、ともあれここまでまとめたものを一度通史として提出し満洲出版研究のスタートとしておきたいと考えて今回の刊行に至ったのであった。論述にあたっては、以前に満洲地域の全国書誌に近いものをと考えて編纂した『満州出版目録』や、満鉄・満洲国の図書館でさかんに刊行された図書館報を活用した。そんなことから本書もいささか納本や検閲といった方面に偏したきらいがないでもない。
これまでこうした研究を進展させるために何度か中国東北地方の図書館に出向き、中国に遺された資料を閲覧し調査した。その訪書の記録は、科研調査報告や拙著のなかで随時報告してきた。そしてこの資料調査で中国に渡ったときには、図書館での資料閲覧現を終えたあとに、できるだけその町を歩いて満洲時代の出版機関や図書館などの場所を確認し建物を実見した。満洲での出版活動の、空間的かつ地理的な感触をも身に着けておきたいと考えたからである。こうした町歩きについては、展示図録2冊を刊行し、またこの3月に「古都と新都−満洲国 奉天と新京」としてまとめることもできた。
資料中心のこのような『満洲出版史』であるが、現地を実際に歩くといったこうした現場感覚も、本書のなかから少しでも感じ取っていただけると嬉しく思う。
資料展示図録は『満洲の図書館』(2011年)、『終戦時新京 蔵書の行方』(2012年)の2冊、「古都と新都−満洲国 奉天と新京」は『比較古都論−町の成り立ち、人の往来』に所収で、ともに京都ノートルダム女子大学の刊行。
入手ご希望の方は、『満洲の図書館』『終戦時新京蔵書の行方』は80円切手、『比較古都論』は160円切手を同封のうえ下記住所に送りくだされば、クロネコメール便で送付します。また3冊では340円の切手同封で、ゆうメールにてお送りします。
連絡先 〒610-0351 京都府京田辺市大住ケ丘4−5−5 おおすみ書屋
『満洲出版史』 岡村敬二著
吉川弘文館 定価 8,500円+税 好評発売中!
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b105558.html
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