本屋はやっぱりおもしろい

空犬太郎(本屋図鑑編集部)


記憶にある最初の本屋さん。昭和40年代後半を過ごした大阪の小さな町にあった、小さなお店である。10坪ぐらいだろうか。よくわからない。小学生の身丈には十分に大きく見えたのだ。

M書店、としておこう。同級生Mくんのお母さんが帳場(レジというよりも帳場、という感じだった)に立っていた。毎日、通った。飽かずに眺めていたのは漫画の棚で、1冊増えても抜けてもすぐに気がついた。棚は1本しかなかったが、毎日眺めても、あきなかった。本を手にとることは、あまりしなかった。立ち読みに厳しい店だったからではない。本が棚に並んでいるのを眺めているのが好きだったからだ。

当時住んでいた町には、小学生が徒歩で通える距離に3軒も本屋さんがあった。大阪の小さな田舎町に、である。いまぼくは吉祥寺を抱える東京・武蔵野市に住んでいる。吉祥寺には新刊書店・古書店がいくつもあって、本好きには最高の環境だが(夏葉社が事務所をかまえる街でもある)、吉祥寺の中心から少しはずれた我が家の近所には新刊書店がない。市内には千坪クラスの書店まであるのに、我が家の小学生を安心して送り出せる徒歩圏には、町の本屋さんはないのである。昭和のあのころと今と、本屋さん事情はよくなったのか後退したのか。どちらが幸せなのか。ときどき、よくわからなくなる。

『本屋図鑑』に関わることになって、M書店のことを書きたい、まずそう思った。M書店のことを実際に『本屋図鑑』で取り上げたい、ということではない。今も全国で、その町の本好きのみなさんに本を届けているであろう、たくさんの「M書店」のようなお店のことを書きたいと思ったのだ。はたして、『本屋図鑑』ではそのようなお店をたくさん取り上げることができた。『本屋図鑑』の感想に、「なつかしい」「うれしい」ということばを見かけることが多いのは、読んでくださった方が自分にとっての「M書店」に本書の中で出会えたからなのかもしれない。そうだとしたら、書き手の一人として、こんなにうれしいことはない。

「図鑑」ということばと作りにはこだわった。なにしろ、ウルトラ怪獣図鑑で育った世代である。人気怪獣、最強怪獣も、あんまり人気のないマイナー怪獣も、同じ図版サイズ、同じスタイル、同じキャプション量で扱うのが図鑑だ。そこには作り手が押しつける優先も優劣もない。どれを気に入るも、どこから読むも、すべては読み手にゆだねられていた。“図鑑好きの本屋好き”は、そのような本屋本があってもいいと思ったし、あるべきだ、とも思った。幸運だったのは、同じように考えている“図鑑好きの本屋好き”に出会えたことだ。夏葉社の島田さんである。島田さんと、酒の席で、本屋さんと図鑑の話をしなかったら、この本は「図鑑」にはならなかったし、そもそも生まれもしなかった。

ちなみに、今も、本屋さんではあまり立ち読みはしない。本が、本屋さんの棚に並んでいるのを眺めているのが好きだからだ。



『本屋図鑑』
得地直美絵 本屋図鑑編集部文
夏葉社
定価:1,785円(本体1700円)

得地直美 http://www.hitokuchi.com/
夏葉社 http://natsuhasha.com/
空犬通信 http://sorainutsushin.blog60.fc2.com/



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