御茶ノ水の駅から緩い坂を下りていくと、やがて神保町の古書店街に突き当たります。その少し手前に東京古書会館があって、業者の市場(入札会)がここで毎日開かれています。
大型のトラックで何台もの蔵書が運び込まれることもあれば、長年のコレクションが売り立てられることもあります。引っ越しをした学生さんの本もあれば、七十年代に学生だった方の蔵書がそのまま並ぶこともあります。
この仕事はじめた頃、とにかくここに通い、本を見続けること。それが古本屋の勉強だと教えられました。何かを見つけ、入札をして、でも買えない。なら、そこでまた勉強しろと。それがもう三十年も前のことです。
『図書新聞』という書評紙で、「古書肆の眼」というコラムを連載をしてきました。月に一回、古本屋暮らしでの発見や驚きを書いて、それがもうすぐ二百回になります。
最初の百回ほどは十年前に出した『石神井書林日録』(晶文社)に入りましたが、これはそれからの十年をまとめた続編です。しかし、十年は本当にひと昔です。
たとえば、以前は十万円もしていた全集が、いまは一万円もしないという話をよく聞きます。そういう変化が顕著な十年でした。手放す人はいても、それを求める人がいない。価格の向こう側で、人は入れ替わっています。
この本は晶文社の中川六平さんが編集してくれました。『図書新聞』での連載の他にも、あちこちに書いたものが溜まっていて、それを六平さんが組み立ててくれました。ただ古い順に並べただけにも見えましたが、「こうすると時代がみえてくるよ」と言うのでした。
古書の市場では本と出会うだけでなく、たくさんの人とも出会いました。本に負けないほど人も個性的で、入れ替わっていたのはこちら側も同じでした。何人もがもう思い出深い人になっています。
だから、六平さんが「これは時代の追悼集だよ」と言ったのを、私はなるほどと思って聞いたものでした。でも、古本の世界はどこか渾然としていて、遠い時代の本をあたりまえに手に出来るように、亡くなった人もすぐ隣で笑っている。そんな、大らかな時間が流れています。
古本屋に過ぎた十年を一束にして『古本の時間』としました。気に留めていただければなによりです。
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