『善き書店員』で見つけたのは「日常業務の幸福」

木村俊介

『善き書店員』という書店員の方々への取材をまとめた本を振り返ると「普通の人への取材のみでノンフィクションをまとめる挑戦」に対するわくわくする気持ち、「殺伐とした状況の中でこそ、むしろ日常業務の合間に偶然のようにじわっと出てくる実りや恵みが感じられるかのような肉声」に対する今の時代ならではの話をうかがえたなという充実感を思い出す。

 私自身は人の話を聞いて呑みこむ魅力にとりつかれて取材ばかりしてきた職業的なインタビュアーである。取材技術を身につけるにつれ、言葉が発せられた時の空気ごと文章に封印し、読む人が来たらその封印が解かれその人に会えるように、と肉声の迫力、特にロング・インタビューの奥の深さに業務の醍醐味を感じてきた。そこで通常なら何らかの結果や事件に関わる「特殊な人」に行われがちなロング・インタビューという道具を、市井の町人とでも言えるような方と一緒に使い続けたらどうなるかという視点でできたのが本書だ。

 学生時代から現在に至るまで外出すれば空き時間につい本を買ってしまう私には、さまざまな年齢のさまざまな関心を持つ人が集まる「町の鏡」のような場で働く書店員の方々を取材対象とするのは自然だったけれど、現実社会のミもフタもない変貌に晒されているがゆえに十年後はもうこんな形では残っていないのかもとも感じられた、書店員のみなさんがどこか抱えようとしている「良心」のようなものは、風前の灯火にも見えた。語りからは現代の商売の厳しさの中での悩みも迷いもあふれる。しかし、綺麗事が言えない難しさの中で「好きでもなければ、やる意味のない仕事」と言う人の多い環境でこそ、その「好き」の中に入りこみ、人や本と出会う合間に金銭や成果と別にそれぞれが個人的に心の底で見つけていく喜びや慰めのような感触に、私は人の「善さ」としか言いようがないものを見せていただいた気がした。

「神は細部に宿る」と言うように、それぞれの方が仕事の細部、例えば接客の際の些細な会話といった経験の中で得られては育てるようになる、業務における「滋養」のようなものは、二時間、三時間と長めにうかがった話を、長めの肉声のまま大事に記録する形でしか、まるごとは伝えられないようにも思った。大変な状況を語ってもいただくのだけれど、そのうちにそれぞれの方ならではのタフさや笑顔も見えて心が温まる、そんな「ほんとうに人間に出会ったなぁ」と感じられた取材体験を、なるべくそのまま書籍の中に封印して紹介したくなってできた本……というわけである。  




『善き書店員』木村俊介著 ミシマ社刊
定価:1,890円(税込) 好評発売中
http://www.mishimasha.com/books/yokisyotenin.htm

   


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