本屋のある街はなぜ素敵か 『街を変える小さな店』

堀部篤史

手許の手帳によれば2010年の冬。京阪神エルマガジン社のオンラインマガジン「lmaga.jp」上での連載を始めるにあたって、どのような打ち合わせをしたのかをすでに僕は覚えていない。「ここだけの店、ここだけの話」と題されたその連載は、自分が勤める書店、[恵文社一乗寺店]が立地する、京都市は左京区という学生と商売人の多いエリア周辺の、かねてより懇意にしてきた喫茶店や酒場、レコードショップなどの個性的な個人店を取材し、そのあり方の特殊さに、本屋である僕が学ぶという体裁の連載に落ち着いた。

連載終了後、単行本にまとめていただけるというお話をいただいた後、大幅に加筆修正をすることになり、一年以上の時間をかけ推敲した結果、連載内容を大きく逸脱し、ほぼ書き下ろしの内容になってしまった。つまり、今回上梓した『街を変える小さな店』という本は、わかりやすいテーマを掲げ、直線的に綴られたものではなく、紆余曲折を重ねながら出来たとてもわかりにくい本だ。

全ての始まりは、仕事中に取材と称して繰り返し問いかけられる単純な質問だった。「本の売り上げが低迷する中、これから街の本屋はどうなるのでしょうか」。明快な答えが出るはずもないこのシンプルな問いかけを幾度となく投げかけられ、思索するにつれ、本屋の未来を考えはじめれば、本というメディアや本屋の仕組みだけでは収まらないことに気がついたのだ。この本には、シンプルな疑問から始まった、複雑な思考の足跡が、時間と共に綴られている。つまり本書は、複雑きわまりない状況に、明解な答えを与えてくれる、いわゆるビジネス書や自己啓発本とは反対の構造になっている。

あらゆる嗜好品は、本と同じく非合理故の良さを持っている。われわれは日々、本を読み、喫茶店で一服し、仕事の帰りに一杯の酒に癒され、映画館で涙し、心を揺さぶられる。そのことでなんとか単調で退屈な日常をやりすごすことができているのだ。一方で、合理性や損得を追求しはじめれば、嗜好品や無駄のある生活の豊かさは顧みられることがない。いま、どこの街を見渡してみても、二つの価値観によるせめぎ合いが行われている。しかし、嗜好品の良さ、美しい街のあり方は、明確に言語化されることの少ない故に、非合理な本や本屋を愛するわれわれはいつも劣勢に立たされてしまう。結果、街はつまらなくなる一方である。

本書は、書店論の枠を越え、合理性の物差しで測ることの出来ない、嗜好品の美しさとは何かを追求する試みである。その中にはもちろん、本屋や古書店も含まれている。「読書離れ」や「電子書籍」、「長引く景気の低迷」に嘆くのではなく、本屋のある街の豊かさ、古本屋での出会いがわれわれに与えてくれる喜び。そういったものをわれわれ本に携わる人間は、真摯に考え、訴え続けていくべきではないだろうか。
堀部 篤史(恵文社一乗寺店 店長)




 『街を変える小さな店
 京都のはしっこ、個人店に学ぶこれからの 商いのかたち。』
  堀部篤史著 京阪神エルマガジン社刊
  定価:1,680円(税込)好評発売中
   http://lmaga.jp/book/machi_mise.html



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