日本の古本屋メールマガジン
本来であれば、この『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』の刊行紹介は、著者の飯田豊一さんが書かれていたはずですが、昨年九月半ばに急死されたために、インタビュアーの私が記すことになりました。
インタビューが行われたのは五月で、飯田さんは八十歳を超えているとはいえ、まだ矍鑠とされ、とてもお元気でした。八月になって、編集の過程で年代と事実確認の必要から、田端のお住まいに電話を入れたところ、今年の夏は猛暑でたまらないし、もう死ぬのかもしれないと冗談めかして話しておられたのですが、本当に亡くなってしまうとは思ってもみませんでした。
このような経緯と事情ゆえに、本書は飯田さんの予期しなかった遺著と考えることもできます。『奇譚クラブ』も『裏窓』も凡百のエロ雑誌と異なり、戦後のアブノーマル雑誌として特殊な位置を占めていました。この両誌に飯田さんは作家や編集者として関わり、それらの編集や出版の内実に最も通じた人物であり、ここでそれらが初めて語られたことになります。
飯田さんのアブノーマル雑誌との直接の関係は、一九五三年、二十三歳の時に『奇譚クラブ』へ投稿した「悦虐の旅役者」から始まっています。これは彼の処女作ですが、本書巻末に収録したので、六十年ぶりにそのままのかたちで読むことができます。
そして飯田さんは後に編集長となる『裏窓』にも投稿したことから、『奇譚クラブ』の元編集長須磨利之と知り合うことになります。須磨こそはアブノーマル雑誌の天才的編集者というべき人物で、多くのペンネームを駆使して小説やエッセイを書き、喜多玲子の名前で特異なエロスあふれる絵を描き、また美濃村晃として緊縛の各シーンの演出者でもあったのです。須磨は『奇譚クラブ』を辞め、大阪から上京し、性科学誌『あまとりあ』の刊行で知られた久保書店に入社し、五六年に『裏窓』の創刊に至っています。
戦後のアブノーマル雑誌の歴史において、飯田さんと須磨の邂逅は運命の出会いのようであり、その二人のもとに多くの作家、執筆者、画家たちが集うことになります。しかし彼らの大半がペンネームを用いていたこともあり、現在に至ってもそれらの謎のすべては解けていません。
さらに特筆すべきは両誌を支えた、これも多くのミステリアスな読者たちで、彼らの存在がアブノーマル専門誌としての『奇譚クラブ』や『裏窓』を成立させていたのですが、それらの全貌もまだ明かされていないといっていいでしょう。それらの謎めいた世界への誘いの一冊として、本書は刊行されたことになります。
『奇譚クラブ』から『裏窓』へ 飯田豊一著
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