詩集 古本屋人生史

青木正美

 二十歳で始めた業歴も私的蒐集(コレクション)を息子に託し古書市場で売っている、この二、三年を含め六十年にもなる。 私は終始文学書主体に商売をし、結局は自筆物を得意とした。若き日は詩らしいものを書いていたが「現代詩」が苦手で同時代の詩人では唯一、素直に頭に入ってくる大木実が好きで、ひそかに私淑し『場末の子』から『駅の夕日』までを初版で集めた。大木は少年時の万引を最後の詩集に入れており、私も少年時の体験を「幻の古本屋」という序詩に告白した。

 私は三年前に咽頭癌に倒れ、治療は筆談から始め、以来街歩きと予後の通院くらいしか出来ないでいる。よく昔の日記を読むがその端々には詩らしいものが見つかり、移りゆく心情や光景やらが甦った。それらをノートに写し始めて一年、一年一詩を原則に、年代順に八十歳の老いまでを採集してみた。例えばこんな詩。

俺が東部古書会館の開くのを待っていると/ここ山谷の空から/どこかの煙突から出た煤が舞い降りて/風に吹かれてあっちこっち

南千住駅へ向かう通勤の娘の足もとに/まとわりついたりはなれたり/はたまた気まぐれに舞い上がったり/そしていずこかへ消えうせた

煤の命は俺の命/大した違いはありはしない

 私は明治古典会の日以外、建場廻りに励み、下町の古本市場にこうして早朝から出品のため車で待っていたのだ。「山谷の朝」(一九六八・七・一五=35歳)と題し、詩集に入れたものだ。やがて克苦勉励、追いつけ追い越せが過ぎると、凡愚はおきまりの男の煩悩にも襲われるようになる。日記は正直にが信条の私はその日々までも詩にしていた。・・・・・・果ては「因果報応」の言葉を胸の内で繰り返さなくてはならない病にさいなまれるととなる。
 
 ただしこの詩集は「現代詩」にはほど遠く古臭いものだ。上林暁、川崎長太郎などの「私小説」、荒木経惟(アラーキー)の「私写真」流の「私詩集」とでも言うべきか。これは私の三十八冊めの本だが、最初の三冊目までと同じ自刊本である。願わくば、販売数一〇〇部が一日も早くよき読者に求められることを・・・・・
<青木書店刊・定価1000円+税>





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