『戦争俳句と俳人たち』について

日本古書通信 編集長 樽見 博

 ようやく『戦争俳句と俳人たち』が刊行になった。「戦争俳句私論」を松本八郎さん主宰の書物誌『サンパン』に連載を始めたのが2008年6月で、3回書いた。その後、前橋の古書店山猫館書房の水野真由美さんと当時は土屋文明記念文学館にいた林桂さんを中心とする俳句同人誌『鬣(たてがみ)』に参加し、2009年5月から11回連載させて頂いた。それを元に1昨年3月に最初の原稿をまとめ、出版をすすめてくれていたトランスビューの中嶋廣さんにお渡しした。以後2年間かけて俳句とは無縁の方にも理解できるよう、また新たに判明したことなどを加筆するなど、都合8年間かけて何とか完成にこぎつけた。職場が神保町古書店街という絶好の環境と、良き人たちに恵まれた結果だと感謝している。

 私が編集している『日本古書通信』は古書趣味の雑誌で、効率のみが重視される時代になれば不要不急のものとして存続は難しくなる。古書の世界で遊んでいられるのは平和である証拠なのだ。そんなことで以前から戦時中から終戦直後にかけての表現者たちの言動の推移を示す資料を集めるようになった。自分が戦時中のような状況におかれたらどうなるのかという懸念があるからだ。その中でも、戦争中の俳句界を詳しく考証したものが少ないことに気づき注意することになった。もとより俳句は好きであった。

 本書第T部は、戦時中に師から独立して自らの俳句観を確立していった山口誓子、日野草城、中村草田男、加藤楸邨の戦争とのかかわりを時代の推移にそって追い、第U部では、戦前戦中の俳句入門書や理論書の中で戦争俳句がどのように扱われているかを紹介、第T部でとりあげた4人以外の俳人の戦争とのかかわりを解説した。集めた資料はいつの間にか六畳間一杯になってしまった。

 『鬣』の同人たちは、30代から50代と比較的若いが、高校時代からの句歴を持つベテランが多い。その点私はまったくの素人で、そんな私が一時代の俳句界を検証するというのは蛮勇に等しい。それでも、俳句理論上の問題だけでなく、出版や言論にまつわる全体的な視点から探るには、俳句以外の資料も必要であり、その点、私は収集に有利な環境にあり、集めた以上、整理しておくことが、『日本古書通信』の編集にかかわる者としての義務とも感じたのである。現在の古書業界で俳句資料は軽視されている。古書価が低ければほとんどがやがてゴミとして処分されてしまうのだ。

 書き上げて今改めて思うことは、小説などと違って俳句は、芸術としての俳句を追求する俳人と、生活の潤いとして日々の感動を気軽に十七文字に表すことを喜びとする庶民によって成り立っている。物質的にも言論上でも制約の多かった戦時中にあって、最も困難であったことは、個人的な芸術的追求と天秤にかけてどちらが重いと判断されるようなものではないが、人々が作品を発表する場所である俳句雑誌の継続であり、そのために払われた懸命な努力は真に敬意に値するだろうということである。それは、少々気恥ずかしいもの言いだが、3・11という未曽有の試練に直面している我々が、常に今回の惨事で傷ついた人たちと共にあるという意識を持って生きていくことが大切であるということと通底しているようにも思うのである。




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  定価3360円(税込み)
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-7987-0146-2.html

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