まさか本当に神保町で一冊の本を作ることが出来るとは、ひとりでこの街に大量に分布する古本屋さんを調査し尽くせるとは、夢にも思っていなかった。
すべての始まりは、去年の夏に『本の雑誌2013年11月号』に書いた記事「古本屋ツアー・イン・神保町 二階以上の古本屋さんを畏れて巡る」にある。この時はタイトル通りに、ビル内の階上にある入り難い古本屋さん十店をルポするだけだったのだが、同時に「神保町のお店をすべて載せた本が作れますかね?作ってみませんか?いや作るんだ!」と提案され、半ば強制的に恐るべき歯車が動き出してしまったのである。
このときツアー済みの神保町のお店は七十店余りで、事務所店を除けばちょうど半分ほどであった。元々神保町に対する私のスタンスは、『いつでもツアー出来るお店が大量にある所』程度だったのである。その当時は、地方の情報の少ないお店や、知られざるお店の発見に生きがいを覚えて、血道を上げていた。だから、古本街としては魅力的だが、いつでもそこに堂々とある不動のお店たちを調査することに、それほどの喫緊さと熱心さを感じていたわけではなかったのである。
しかし、本を作るとなったら、否が応でもスピードアップして調査し尽くさねばならない。与えられた半年ほどの時間で、残りの七十店余をすべて訪ねなければならないのである。これが案外簡単なようで難しかった。何故なら、この時点で残っていたお店は、あまり興味の持てない古典籍や外国書や学術系の専門店や、それこそ厳めしく入り難い敷居の高いお店ばかりだったのである。だが、恐ろしい締め切りというものが存在するのだ。躊躇することは命取り!とばかりに、畏れも引っ込み思案も封印して、神保町に通い詰め、未踏のお店に次々と無謀に飛び込んで行った。
するとその内に、不思議な化学変化が起こって来た。今までは感じなかった神保町の新しい面が見え始めたのである。それは掘り出し物の多い均一ワゴンであったり、裏路地に隠れた名店であったり、興味のないはずのお店に紛れ込む楽しい一棚だったり、恐いはずの専門店の優しさだったり、意外な所で売られている古本だったり。それは次第に、神保町自体をひとつの古本屋さんとして捉え、隅から隅まで棚を見て行くような感覚となり、我が身に染み込んでいった。今では神保町入りすると、『靖国通り』『白山通り』と端から端まで縦横に駆け巡り、必ず気になる場所すべてを見なければ気が治まらない、古書店街ナシには生きてはゆけぬ、見事な古本街重症患者と成り果てたのである。
かくして出来上がったのが「古本屋ツアー・イン・神保町」であり、ガイドとも、ひとりの客の戯言ともつかない、奇妙な一冊である。一店一店の調査踏破が、おぼろげながらも街の一時の一面を浮かび上がらせたのではないかと、密かに確信している。
なおこの本で一番のオススメは、『神保町24時』という企画ページである。メインの古本屋ページが、空間としての神保町を捉えたものならば、『神保町24時』は時間という観点から街を捉えたページである。その調査方法は、文字通りシンプルに、神保町で24時間を過ごすこと。淡々と過ぎて行くと思っていたら、様々なことが起こり、楽しくもあるが地獄のような時間でもあった。その顛末は、どうかページを繙きご覧いただきたい。
この一冊が、みなさまの、神保町への新たな扉を開く鍵になればと、強く願っている。
『古本屋ツアー・イン・神保町』 小山力也著
定価2160円(税込) 好評発売中
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860112628.html
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