建築史・土木史専門の目録販売を始めて丸十年になります。開業当初はよく「いいジャンルを選んだね」とか「建築書とは考えたね」とか、何か周到なマーケティングの末に専門を選んだかのような過大評価をいただいたものですが、それは大きな誤解で、売れるものに対する目配りのようなものが当時の私にあったのかというと、全く無かったのです。
そもそも建築と土木を選んだのは、もちろん興味があったのは事実ですが、何よりも一文無しの若造でも市場で買うことができる「人気が無い」ジャンルだったからです。一般古書はもちろん、一次資料(という名の紙くず)・パンフレット類・報告書・技術者の伝記・戦前の理工書・いわゆる饅頭本など、同業者が見向きもしないがゆえに自分にも買える商材が沢山ありました。この買えたものの中から、専門と興味に多少でも引っかかるものを強引に商品としていただけで、そこには売れるものに対するリサーチも戦略もありませんでした。もちろん「不人気」ゆえというアンチな動機があったわけでもありません。買える、というだけで売れる目算もないものをただ闇雲に集めていたわけで、あまりにも無分別で思い返すと空恐ろしいものがあります。
ただ何となく(本当に何となくですが)感じていたのは、この「不人気商品」たちは本当に誰にも人気がないのだろうか、それを実証した業者はいるのだろうか、ということです。私はこれらを純粋に面白いと思ったし、もしかしたら売れるんじゃないか、という何の根拠も無い予感がありました。誰も買わないものを買っていた訳ですから、結果的には相当に個性的な世界を構築することが出来たように思います。そして実際の売り買いを通じて、こんな雑多なものの中にも売れるものとそうでないものがある事を発見出来ました。
また本当に幸運なことに、ある程度の商売になる事も判りました。その結果一部の建築書の相場が上がった事は事実ですが、ウチの「不人気商品」たちが初版本や映画パンフレットやポスターのような「人気商品」になる事はありませんでした。当たり前ですけど。
もちろん専門の中での売れ筋の推移というものはあります。また欲しい本を同業者と競り合うことも頻繁です。負けず嫌いなもので、どうしても持って帰りたい、自家目録に載せたい、と思うものに関しては相当やけっぱちです。ただうちの売れ筋が「人気」に影響することはどうやらないように思いますし、やけっぱちのモチベーションもまた「人気」とは無関係の要因から来るものだと思われます。
私にとって幸運だったのは、人気とは関係なく商売になるものに偶然めぐり合えたことだと思います。ただ余りにも思慮分別を欠いた行動で、例えばこれから古本屋になろうという人たちに対して、手放しにお勧めするには気が引けますし、そもそもこうした隙間のようなものが未だ手付かずにあるのかどうかも知りません。しかし一方で、業界で言われている「人気商品」というものに果敢に踏み込んでゆく事のリスクを考えると、どっちにしろ初めは一か八かなのかな、という気もします。
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