文京の古本屋

読みもの

文の京(ふみのみやこ)に、学術書とこだわりの古書屋。

トップページ « 読みもの / 文の京サロン / 第五回:幻の南天堂へ

第五回:幻の南天堂へ

田村七痴庵

つながっているんだなあという話からはじめます。秋山清さんと晩年おつきあいをさせていただいた。お話をみんなでうかがったり、甘えて、原稿を書いていただいたり、それで、「彷書月刊」の創刊号に、秋山さんの原稿がある。お亡くなりになって、コスモス忌という偲ぶ会にも、おじゃまさせていただいたりもした。そんなある時の会で、その頃はまだお元気だった、遠藤斌さんに、おこられた。おこられた、というのも理不尽だが、きみたち若いものが、なぜ岡本文彌をもっと評価しないのか、というような発言であった。文彌さんはもうすぐ百歳ということで、森まゆみさんの聞き書きが本になるような頃で、決して評価されていないわけではなかったと思うのだが、じゃ、プロレタリア新内の文彌さんのインタビューを、「彷書月刊」でやろうと決めて、森まゆみさんを口説き、その日、月の輪書林といっしょに、行った。森さんは一度聞いた話なのだけれどと言いながら、三人で文彌さんの話を聞いた。そこで、お友だちの、松岡虎王麿のことがでてきた。文彌さんは一語、一語、区切るように言った。

「ええ、ま つ お か とらおうまろ」

それが、本当になつかしそうで、わたしたちにとって、松岡虎王麿がとても近しい人となった一瞬だった。森まゆみさんの、「ちくま」連載の南天堂ノートも未刊行で、いつか一冊になる日が楽しみだが、ここに一冊の基本的な、南天堂文献がある。寺島珠雄さんの、遺著にして名著『南天堂 松岡虎王麿の大正・昭和』(皓星社・一九九九)である。南天堂という、一階が書店、二階がレストラン、大正から、昭和にかけて、アナキストや、前衛詩人たちがたまり場にした場所、場所から行って、東洋大学にも近く、東京帝国大学にも近く、といっても、帝大とはあんまり関係なかったか、本郷にも近く、神保町にも近く、東片町一〇五番地というのが昔の地名。その南天堂をやっていたのが、松岡虎王麿ってわけさ。

今でも文京区本駒込1-1-28に、南天堂書房という本屋さんがいらっしゃる、

やっているのは、代もちがって、松岡さんとは関係がないけれど、寺島さんの本の出版記念会にもおみえになっていたくらいだからかつての南天堂を愛し、大事にも思っていらっしゃるのだろうと思う。

『南天堂』はまだ版元にもあると思うけれど、ネットの「日本の古本屋」で検索していただければ、定価より安く、きっとでてくると思うから、まず、おもちでない方にはおすすめしたい。ちなみに定価は三五〇〇円に税。それでも安いと思う。

寺島さんはこれを書きあげて、亡くなった、本当に「あとがき」を絶筆として、その「あとがき」に、(99・7・10)とある、手紙にも日付をいれる寺島さんのくせは、事実を大切にするという見本のようなものだが、七月二十二日にお亡くなりになっている。本の奥付は 九月一日印刷・九月十六日発行となっている。ざまあみやがれ、というのは、こんなときに使うものではないか、みごとだなあ、と、わたしたちは思った。思って、中身を読んで、みぶるいするほど、おもしろかったのである。

ひとは歴史上のひとびとや、文学上のひとびとが大好きだ。ただ、ちょっと、横にそれると、その人がどんな人だったか、よくわからなくなる。この本の表題にある。松岡虎王麿というモノスゴイ名前のオジサンもそんな人だった。

ただね、古本屋さんは時折この名を、本の奥付で、発見しては、よくオドロいていた。刊行人としてある時もアル、印刷人としてある時もアッタ、何せ、この名前だ。めだつ。

そして、寺島さんも調べているとわかってからは、いろんなことがわかるたびに、知らせるようになっていた。古本屋にとって、調べている人がいることほどウレシくて心丈夫なことはナイ。

しかも、南天堂は、その前身が、古本屋でさえあった。業者同仕のことばでいえば、仲間だったということになる。

そして、そこがアナキストたちのたまり場であり、ケンカの場所であり、ひとの火花がちるふしぎな出会いの伝説をつくる場となっていくわけだ。大正六年から、昭和一ケタ。

ケタケタと笑い声がする。辻潤が天狗オドリをしている。

ひとがあつまり、すれちがい、というなら望月桂がつくった氷水屋「へちま」もそうだな、大正五年、猿楽町に開店、四ヶ月で、谷中に居を移し、一膳飯屋「へちま」となる。次の年の大正六年には、閉店となる、みじかい歴史なのだが、南天堂の人脈とも重なるところがあり、何せ、乞食とわたしが敬愛をもって呼びたい宮崎安右衛門がやってくる、久坂卯之助、啞蟬坊、和田久太郎、辻潤、と、へちまの話は『大正自由人物語 望月桂とその周辺』(小松隆二・岩波書店)を見てくだされ。

本郷まで行きゃ、名だたる「菊富士ホテル」もあったんだな。

ま、とりあえず、そういうことで、またこんど。

『南天堂 松岡虎王麿の大正・昭和』(寺島珠雄著・皓星社発行)
『南天堂 松岡虎王麿の大正・昭和』(寺島珠雄著・皓星社発行)

現在、同じ場所で新刊書店を営まれている南天堂書房さん
現在、同じ場所で新刊書店を営まれている南天堂書房さん

『大正自由人物語 望月桂とその周辺』(小松隆二著・岩波書店発行)
『大正自由人物語 望月桂とその周辺』(小松隆二著・岩波書店発行)

「へちま」のあった善光寺坂、台東区谷中一丁目附近
「へちま」のあった善光寺坂、台東区谷中一丁目附近

向かいの玉林寺境内より「へちま」のあった辺りを臨む
向かいの玉林寺境内より「へちま」のあった辺りを臨む

田村七痴庵  1950(昭25)年、京都府福知山生まれ。高卒までを南紀・田辺で育ち、上京。第一期美学校ペン画教場にて山川惣治より手ほどきを受ける。珈琲専門店「ぽえむ」、七月堂古書部勤務の後、古書肆なないろ文庫を設立。1985(昭60)年、『彷書月刊』創刊に参画。著書に『彷書月刊編集長』(晶文社)。2011年没。

『彷書月刊』  1985年10月創刊。2010年10月号(通巻300号)をもって休刊。

『彷書月刊編集長』
『彷書月刊編集長』(田村治芳・晶文社)  古本と古本を愛する人のための雑誌『彷書月刊』編集長が綴った汗と涙の18年。1900円+税。

ページトップへ