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「自著を語る」コーナー、今回は大貫伸樹氏に『本の手帳』創刊号
(本の手帳社)について語って頂きました。
■『本の手帳』を創刊する■
「無類の本好き」を自称する二人が小さな雑誌「本の手帳」を創刊
することになった。
本好きといっても、本をただ読むだけではなく、書物や書物の周
辺のものを集め、それらをモノとして「愛で」、「観察」し、「考
察」を加える。この三拍子そろった書物フェティシズムぶりが二人
の共通項といえそうだ。
発行するきっかけは、私たち二人が長い間寄稿させていただいて
きた「紙魚の手帳」を主宰していた多川精一さんから、ご高齢のた
め「全面的に委譲したいのだが引き受けてくれまいか」と打診され
たことから始まった。しかし、具体的に引受け作業をしていくと、
小冊子にしてはあまりにも負債額が大きく、返済困難と思われその
まま引継ぐというわけにはいかなかった。混乱を避けるため、やむ
を得ず新名称「本の手帳」で創刊することになった。
引き継ぎの話が出たとき、田中栞さんが「わたしは編集長をやる
から、大貫さんは社長をやってよ」という一言で人事が決定。反論
もせず、ぼやぼやしているうちに慣れない経営雑務から編集雑務、
営業雑務などをやらざるを得なくなる。きっとこれが出版社の社長
の仕事なのだろう。
執筆や編集は多少の経験があるが、一介のブックデザイナーでし
かない私が、たとえ小出版社といえども社長を引き受けるなどとは
まさに青天の霹靂で、本は一体どうやって売るのか?ということす
らも知らない体たらくなのだ。「紙魚の手帳」の実績があるではな
いかとおっしゃるかも知れないが、売り上げはわずか百数十名の定
期購読料だけしかなかったので、この営業方法を引き継いだのでは、
創刊号のみで即廃刊になってしまう。
かつて8号で廃刊になってしまった中年口論社刊、気刊「中年ジ
ャンプ」の発行をしたことがあるが、これは経験というにはあまり
にもお粗末。なにしろ気が向いたら発行する「気刊」誌であり、お
まけに予約購読料は奉納金と称して一度収めた予約金は返金しない、
を建前としているなど、世間の常識が通らないだけではなく、発行
者側の勝手ばかりがまかり通っていたからだ。それでも1000部
発行していたのだから驚きだ。
さりとて、尻を捲って「ヤーメタ」というわけにもいかない事情
が発生してしまった。あっという間に定期購読料が50万円を超え
て集まってしまったのだ。中にはありがたい事に2万円もの大金を
振り込んでいただいた篤志家も数名いた。年2回発行としたら10
年分にあたる。ブタもおだてりゃなんとやら、で、こんなエールに
はめっきり弱いお調子者だから、ついつい先の事など考えずに、次
の号も出して見ようかな、てなことになる。
私たちの実質的な創刊号は「おしゃれな蔵書票」を特集した「紙
魚の手帳」36号で、田中栞さんが一人で編集をやった。いざ印刷
が終って納品されると多川さんからは「印刷代などの経費は出せな
い」といわれ、マッチ売りの少女ならぬ「ブック売りのおじさん」
よろしく出来上がった本を売りまわり、自分たちで支払いをしなけ
ればならなくなった。
これが、私たちが「本の手帳」を発刊するにいたった直接の動機
といってもよい。書店巡りでの米つきバッタやイベント会場での売
り子さんなど、貴重なフィールドワークを初体験する。
「紙魚の手帳」36号は、それまでの「紙魚の手帳」の10倍近
い部数を売って(今も売り続けているが)思いのほか健闘した。し
かし、情けないかな経験がない事が発行部数の読みの甘さに表れ、
たくさん刷り過ぎてしまった。「これくらい売れたらいいのになぁ」
という夢の部数を印刷してしまったのだ。
そんなプレ創刊号ともいうべき「紙魚の手帳」36号での失敗を
しっかり学習して、「本の手帳」創刊号では、半分近くまで発行部
数を減らした。猪突猛進の田中編集長は前号の企画好評に気を良く
したのか、またも「蔵書票まつり」という特集を組んだ。そしてま
た第3号でも蔵書票の特集号を出す、と宣言している。頭の中は蔵
書票一色なのか。一度口に出したら決して引っ込めない栞流だから、
倒産でもしない限りそうなるだろう。
その間、「第2号は大貫さん一人で全部書いたら」というのが、
編集長から出された企画案だ。そう言えば私には、自ら買って出て
編集長を体験した「紙魚の手帳」30号の「編集の現場より」では、
創刊以来初めて在庫ゼロ号を編集したという輝かしい伝説を打ち立
てた実績がある。この際だから、柳の下のドジョウ企画「編集者た
ちのマイブーム」を特集して新しい伝説を作ってやるか。成功すれ
ば社長兼編集長へと一気に出世するはず。
自己主張だけは人一倍強い二人、経営センスにも金銭感覚にも疎
い二人が出版社をやろうなんて、出版社を興せば自分の好きな企画
で好きな事が書けるはず、と勘違いして始めたに違いない。
『古本屋の女房』(平凡社、2004)こと田中栞と、『装丁探
索』(平凡社、2003年)屋の大貫伸樹が、二人三脚で繰り出す
小冊子。果たして足並み揃えてどこまで走る事が出来るのか、実況
版顛末記を篤とご覧あれ。乞うご期待。乞うご購読。
「本の手帳」創刊号、A5判48頁、840円(税込み)。呂古
書房、書肆アクセス、東京堂などで発売中。
■大貫伸樹 おおぬきしんじゅ■
1949年、茨城県常陸大宮市生まれ。
東京造形大学デザイン科卒業。
(有)大貫デザイン事務所代表。日本出版学会会員。
東京製本倶楽部会員。日本図書設計家協会会員。
毎日カルチャーシティ、さいたま文学館、東京古書会館、中京大学、
東京造形大学などで多数講演。11月3日、三岸節子美術館で講演
予定。NHKテレビ「美の壺」出演、10月放映予定。
主な著書に『装丁探索』(平凡社、2003年)、
『製本探索』(印刷学会出版部、2004年)、
『装丁散策』(胡蝶の会、2004年)、「本の手帳」主宰など。
2004年ゲスナー賞銀賞受賞、2004年造本装幀コンクール
日本書籍出版協会理事長賞受賞。
蔵書票楽会 http://blogs.yahoo.co.jp/higetotyonmage
造本探検隊 http://d.hatena.ne.jp/shinju-oonuki/
■『本の手帳』創刊号■
編集制作:大貫伸樹・田中栞
(田中栞さんブログ→ http://blogs.yahoo.co.jp/azusa12111 )
発行:本の手帳社
〒160−0004
新宿区四谷4−24 中島第一ビル9F−C
大貫デザイン事務所方
電話:03−3355−4769
FAX:03−3225−0957
2006年7月発行
定価:840円(本体:800円)
判型:A5判
頁数:48ページ
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