━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【活字の周辺】
■文字から声へ、声から文字へ
〜「詩のボクシング」十年の場から〜■
文字を発明したことは、人類の歴史において驚異的な出来事だっ
たに違いありません。部屋に居乍らにして、文字から視覚が刺激さ
れて見たいものを見ることができ、また音が聞こえてくるように聴
覚を、さらには味覚、嗅覚、触覚なども刺激されていろいろなもの
をリアルに感じることができるのですから、これはもうアラジンの
魔法のランプを手にできたかのような出来事だったでしょう。
人が文字に求めるものは、そういった五感をしっかり刺激してく
れるものではないでしょうか。さらにいえば、古代の人が残した象
形文字や楔形文字は、一文字一文字が手作業で書かれ、二つとして
同じものがなく、それ故に言霊を宿すことができ、時には畏怖心さ
えもいだかせてしまう存在になり得えたのだと思います。ところが
今や文字は、パソコンのワープロソフトを使い、どれもこれも同じ
服をまとっているように見え、文字本来の勢いも五感への刺激も非
常に弱くなっているように感じられます。
以前わたしは、ある新聞で詩時評を二年間担当したことがあり、
毎月、膨大な数の同人誌と詩集を読んでいたことがありました。一
年目を終えたころ、奇妙なことが起こったのです。それは、詩の書
き手はそれぞれに違うはずなのに、まるで一人の人が全ての詩をあ
の手この手とスタイルを変えて書いているように見えたのです。こ
れはある期間、過度に集中して詩を読み過ぎたことに原因があるの
かもしれません。しかしそんな時でも、手書き文字の詩に出合うと、
その文字の向こうに詩を生み出す者の確かな姿が感じられ、安堵し
たのをよく覚えています。
実はわたしが「詩のボクシング」を始めたのも、確かな詩の書き
手と対面したいという思いからでした。前述の手書き文字と同じよ
うに声の言葉にも二つとして同じものはありません。その声の言葉
の魅力、いや声の言葉の本当の姿を知ってもらいたいとう思いから、
わたしは十年前に、「文字の裏には声があり、その声を表に出そう」
と「詩のボクシング」を始めたのです。人の声との出会いは、驚き
と発見の連続でした。その「詩のボクシング」も、これまでに三十
二都道府県で都道府県大会として行われ、年に一度東京で全国大会
が開催されるまでになりました。
余談かもしれませんが、もう一つ文字と声の関係について強く印
象に残っていることがあります。ドイツに留学していた時のことで
す。日本好きのドイツ人の友人が、流れるように書かれた行草書の
文字を眺めならが、「これは声を発するように書いてるね。声の動
きを感じる」と言ったことがあります。確かにそこには声の動きが
見えるのです。わたしも手書き文字には、声を出して、その声に合
わせるかのように筆圧も速度も変えながら書いていると感じること
があったので、友人の指摘に膝を打って頷きました。
声の言葉は文字の言葉に比べて一回性のもので普遍性がないと言
う人がいますが、それは違うとわたしは思います。何故なら、人が
繰り返し口ずさむ言葉にこそ普遍性が宿っていると考えているから
です。だからわたしは、気がつけばふと口ずさんでいるような言葉
が、「詩のボクシング」の場から生まれることを強く望んでもいま
した。そしてこの十年でやっと、「詩のボクシング」が口ずさむ言
葉を生み出せる場になったと実感できるようになりました。十周年
を迎える今年は、特に年配パワーに期待しています。このメールマ
ガジンの読者の皆さんにもご参加いただき、これぞ文字の裏にある
声だというものをお聴かせください。お待ちしております。
■楠かつのり(くすのき・かつのり)■
音声詩人、映像作家、日本朗読ボクシング協会代表。
1954年生まれ。ハイデルベルク大学及びマインツ大学留学。
1997年に「日本朗読ボクシング協会」を設立、以来代表を務め、
朗読の新しい楽しみ方及び表現方法としての「詩のボクシング」を
国内に広めている。
著書に『詩のボクシング 声と言葉のスポーツ』(東京書籍)、
文庫版「からだが弾む日本語」(宝島社)、『「詩のボクシング」
って何だ!?』(新書館)他。
楠かつのりさんHP http://www.jrba.net/
「詩のボクシング」HP
http://www.asahi-net.or.jp/~DM1K-KSNK/bout.htm
※HPには「詩のボクシング」とは何か、また各地の大会日程など
を掲載しています。
「詩のボクシング」2007年度大会スケジュール
http://www.asahi-net.or.jp/~DM1K-KSNK/calendar2007.htm
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■新刊本のご紹介■
『名探偵たちのユートピア 黄金期・探偵小説の役割』
ミステリは読み返すほど面白い!
シャーロック・ホームズとコンチネンタル・オプの関係は?
『Xの悲劇』のドルリー・レーンはなぜ変装するのか?
クロフツの真価はアリバイ崩しではなかった?
エルキュール・ポワロの正体は?
江戸川乱歩は本当に探偵小説の「第一人者」なのか?
・・・巨匠たちの名作に秘められた謎を、無類の読み巧者が名探偵
となって解き明かす、軽妙酒脱にして比類なき評論。(装幀・和田誠)
石上三登志著
東京創元社刊( http://www.tsogen.co.jp/np/index.do )
定価:2,205円(本体:2,100円)
316ページ
(書影図版 自由が丘・西村文生堂全面協力)
|