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■佐野繁次郎の装幀モダニズム展■
林 哲夫
来る6月1日〜3日、アンダーグラウンド・ブック・カフェ最終回
の併催企画として、東京古書会館二階ギャラリーにて「佐野繁次郎
の装幀モダニズム展」を開催いたします(入場無料)。西村義孝コ
レクションによって、佐野装幀本の初期から晩年までを網羅し、装
幀原画、オリジナル作品、パピリオ化粧品のパッケージなども出展
する予定です。おそらく佐野装幀本に関する展示としては、これま
でで最も濃い内容になることと思います。
佐野繁次郎(さの・しげじろう)の装幀本というと、一昔前なら、
均一台にいくらでもあるものでした。しかし、今は違います。20
05年に東京ステーション・ギャラリーで開かれた大規模な回顧展
以来、その画業とともに、装幀本に対する評価はますます高まって
います。
佐野は明治33年(1900)に大阪の船場に生れました。
15歳のころ、佐伯祐三と知り合ったのをきっかけとして油絵を描
きはじめます。二科展に初入選した翌年(1930)から装幀を手
がけ、とくに一連の横光利一の著作では、前衛と伝統がせめぎあう
ような、新たな境地を開いています。
例えば、アルミニューム(ジュラルミンとも?)の板を表紙に取り
付けた横光利一『時計』(創元社、1934)はあまりにも有名で
しょう。今もってその斬新さは失われていないように思われますが、
発表当時はなおさらのこと、その奇抜さからさまざまに物議をかも
しました。
そのころ横光利一は「純粋小説」を主張し、純文学や通俗小説とい
った垣根を超えた新たな道を歩もうとしていました。横光の盟友だ
った佐野の装幀もまた、大衆にアッピールする華やかさを保ちなが
ら、自己に忠実な前衛探求の態度をはっきり示しているように思い
ます。
佐野は昭和12年にパリへ渡り、アンリ・マチスに師事しました。
マチスの影響を強く受けた装飾的な作風は戦時下における装幀本に
もはっきりと現れています。その一方で江戸時代以来の染織品の図
柄や水墨画の線を取り入れ、時流の日本主義に逆らわないしなやか
さをも見せています。むろん日本主義といっても、佐野の仕事は、
木綿縞の裂(きれ)を構成主義的にコラージュするというような、
モダニズムの精神にもとづいているのでした。
敗戦直後の出版ブームから高度成長時代においても、ときどきの風
潮に対して敏感に反応しつつ、一目で佐野の本と分かるような印象
的なデザインで数多くの作品を飾りました。とくにコンテなどを用
いた手書き文字は佐野のもっとも得意とするところで、禅僧の書を
連想させる強さと闊達さをもち、いわゆる書道にもレタリングにも
収まらない独自の世界を築き上げています。
モダニズムとは一瞬一瞬を新しいものとして生きることではないで
しょうか。そして、つねに新しくあるとは、変わらない核をもつと
いうこと。変わらないから新しいのです。その意味で佐野繁次郎の
根っこにあるモダニズムは、彼を育てた大阪の、船場のモダニズム
であり、それは晩年にいたるまで佐野の美意識を規定していた、そ
のような気がします。
6月1日(日)には、午後1時より東京古書会館7階にて、林哲夫
と西村義孝による「モダニスト佐野繁次郎の装幀+佐野本の集め方」
というトークショーを行います(参加費500円)。佐野の装幀と
大阪モダニズムの関係についてできるだけ多くの映像を紹介した後、
西村コレクションの成立について語り合います。みなさまのご来場
ご参加をお待ちしております。
◇◆林 哲夫(はやし・てつお)◆◇
1955年香川県生れ。画家。1999年、岡崎武志、山本善行らと
書物雑誌『sumus』を創刊。現在『spin』を編集。
著書に『古本屋を怒らせる方法』『喫茶店の時代』『古本デッサン帳』
など。
林哲夫さんブログ・デイリースムース
http://sumus.exblog.jp/
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