━━━━━━━━━━━【自著を語る(61)】━━━━━━━━━━
『書物奇縁』
久松 健一
むかしから本が好きだった。わけても古書には愛着と執着がある。
浜松の高校に通っていたが、夏休みになると上京し、神田や本郷や
早稲田界隈をぐるぐるまわった。大きな鞄を背負い、両手に本をぶ
らさげて歩いた。
そんな姿に同情されたのかもしれない。かき氷を古書店の店先で
馳走になった。また、若造には話がしやすかったからなのか、「ま
いってるんだ」と店主から人生相談を切りだされ慌てたこともある。
書籍は見知らぬ人との思わぬ出会いをつれてくる。
この初エッセイ集を知人に配った。編集サイドでつきあいのある
方々にも、版元を通じて郵送いただいた。
返事がもらえた数は、好調なイチローの打率をやや上回るくらい
だろうか。寡黙な友は「熟読、実に面白かったよ」と一行だけの葉
書をくれた。某出版社のご意見番からは「思わぬ躓きの石と感じた」
として、こなれていない箇所を指摘いただいた。直木賞作家のD氏は
「至福の時間を味わった」と筆書きの書状をくださった。ありがたい。
簡易的とはいえ、今時、EX LIBRISを貼りつけた書物は珍しいは
ず。ページの余白をウイリアム・モリスが提唱した黄金比に仕立て
てもいる。そのためだろう、本の佇まいがよろしい、瀟酒である。
そんな声をいくつか頂戴した。こそばゆいものの、嬉しい。
都合14編、書物を核とする小品を収めた。タイトルは、日本古書
通信社の樽見博さんがこれで行きましょうと決めてくださった。
なお、本書のp.141には、佐藤泰志の文学を視野に入れながら、
現行の書物販売実数至上主義への疑義を記した。「いや違う、そう
ではない」とはじまる数行だが、そのまま自身の執筆活動の気宇で
ある。
『書物奇縁』 久松 健一著
(日本古書通信社 税込1260円)好評発売中!
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久松健一(ひさまつけんいち)
昭和30年代、浅草に生まれる。明治大学商学部准教授。フラン
ス語ならびにフランス文学を講じる。
『携帯<万能>フランス語文法』や、フランスAssimil社とイスラ
エルKernerman社がコラボレーションした辞書<< JAPONAIS >>の編
集などで知られる。「遠藤周作蔵書目録・光の序曲」という手堅い
書誌も編んでいる。
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