聞き手 椛澤賢司(九蓬書店)
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お付き合いがあった他店の店員さんで、今でもご活躍されている方はいますか。
下
南海堂には早稲田の五十嵐さん、一誠堂には沙羅書房の初谷さん、玉英堂には早川図書さんなど、今でも第一線で活躍されている方がいました。他にも同年代には立派になられた店員さんが沢山いて、皆さんは当然古本屋になるという堅い信念を持っておられたわけですが、僕は独立するのは大変だなあと思っていました。
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長い古本屋生活の中で強く印象に残っていることを教えてください。
下
うーん……仕入はいっぱいエピソードがあるけど、あんまり喋ると「あいつはさぞかし儲かってるんだな」なんて思われちゃうからね(笑)。ある程度は良かったとは思っています。売る方はそうでもないけどね。
ただ、さっきも少し言ったように催事が好きだったから、仕入れた本は市場にはほとんど出さないで渋谷の西武や新宿の伊勢丹の展覧会で売っていました。お客さんが安いって言ってくれることが一番嬉しいんだけど、でも本当に喜んだのは同業者かもしれないんだよ。一緒に催事をしている人が僕の並べている本を見て「安いな!」と思うんだけど、買うわけにはいかないから同業者に「田園りぶらりあの棚に行けよ」なんて電話する。そんなことがよくあったと噂に聞いていましたが、僕は別にそれでも良いんです。仮にものすごく安かったとしてもそれは僕の勉強不足であって、自分の好きな値段をつけているのだから全然気にならなかったし、値段の付け方を変えることもしなかった。
とにかくね、僕はお客さんが目の前に並んでいる本を買ってくれる時が、古本屋として一番やりがいを感じるんですよ。いつか伊勢丹で開店してから30分で棚がほとんどからっぽになってしまったことがあった。伊勢丹の人がどうにかしてくれと言うんだけど、補充用の本も売れてしまった。すぐに帰って店に並んでいる本の値段を付け直してまた持って行ったんだけど、あの時はなんだか不気味なくらい売れたなあ。
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伊勢丹の催事はどういったご縁で参加されたんですか。
下
一緒に渋谷の西武で催事をやっていた出久根さんに誘っていただいたんです。今はもう小説家の先生ですけど、あの頃は催事が終わると一緒に飲みに行きました。本当に面白い方で、僕は出久根さんと話すのがとても好きでした。他にも花井さんや五十嵐さん、北部から参加されている方もいたけれど、支部関係なく終わった後はみんなで仲良く酒を酌み交わしていました。東京駅の八重洲口に昔あった広い待合室で即売展をやったこともありました。会期は2週間と長く、5年程続いたでしょうか。駅の中ですから人がごった返していて搬入がとにかく大変でした。
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お店売りのイメージが強いですけど、即売展も色々参加されているんですね。
下
ローンがあったからね(笑)。店売りだけじゃとてもやっていかれないし、催事を掛け持ちしたこともあった。僕が東京駅、女房が自由が丘の東急ストアへ行って、店は学校から帰ってきた息子が開ける。そんな風に家族で一緒に頑張ってきました。とても感謝しています。
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下さんのお店は古本が好きな作家の本の中でも沢山取り上げられていて、とても愛されているという印象を受けます。壁に久世光彦さんが「アミューズ」に書かれた記事の切り抜きが貼ってありますが、久世さんもよくいらっしゃったんですか。
下
月に2回ぐらいでしょうか。東玉川に住んでおられて近くですから、夕方になると散歩のついでに寄ってくださいました。雑誌のコラムでもよく誉めていただいて。「店に入ったときの本の匂いが好きだ」なんてね。あと久世さんは人をよく観察する方でしたが、「あんたは出久根達郎さんに似ておでこが出っ張ってテラテラしている。そういうところが良いんだよ」そんなことも言われました。
岡鹿之助さんのお宅にお伺いして本を買い取らせていただいたことも何度かあります。すでにお身体を悪くされていたので、お会いしたのは一度きりでしたが、お手伝いの方が電話をかけてくださいました。岡さんがお亡くなりになったあとは、弟の畏三郎さんが住まわれましたが、やはり色々な本を買わせていただきました。とても親切な方でしたが、畏三郎さんも今年お亡くなりになりました。
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表には湯川秀樹さんの色紙もありますね。
下
あれは安川電機のオーナーに「お店に飾ってください」といただいたものです。この店には僕が古本屋をやってきて知り合った人たちからいただいた思い出の品が沢山飾ってあります。
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その「千客万来」の額も……。
下
いや、これは南部の振り市で買いましたが(笑)、この鉄道のプレートなんかも一つ飾って置いたら、お客さんから「うちにもあるよ」ともらっていくうちに増えていきました。もちろん高価なものはいただかないようにしていますが、「本屋さん、これもっていってちょうだい」とこの街の人達はそんな風に声をかけてくれるんです。
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