理事長がゆく

デジタル時代の書籍と古書 国立国会図書館 館長 長尾真さん

小沼
だとすると、出版業界が変化した後で紙の本はどうなってしまうのでしょうか。
長尾
そこが難しいですよね。私もしっかりとした見通しは立っていません。ただ年間に8万点もの出版点数があっても、一度読めば捨ててしまったり、それこそリサイクルブックストアへ売ってしまうようなものがほとんどでしょうから、そういった本は電子的に読めれば良いのではないかと思います。そうではなくて、繰り返し読みたいものや手元に置いておきたいと思わせるものに関しては、紙のものとして存在し続けるのかもしれないですね。
小沼
最終的には趣味的なものとして生き残るしかないということですね。確かにそれは最も分かりやすい道筋だと思いますが、私たち古本屋としては簡単には受け入れらません。“TIME with BOOKS「本のある時間」”という雄松堂さんが運営しているサイトがあるのですが、その中で荒俣宏さんと高宮利行さんが対談されていて、「フォア・エッジ・ペインティング」に触れています。これは小口に絵を描いて、ページを斜めに広げるとその絵が現れるという技術のことです。まさに職人芸とも言うべきものですが、こういった紙の上に現れてくる様々な技術がデジタル化によって廃れてしまうことも非常に惜しいと思います。
長尾
池澤夏樹さんが編集した岩波新書『本は、これから』では沢山の人たちが本の将来について意見を述べています。その中で東大の上野千鶴子さんは「紙の本は伝統工芸品のようになっていくのではないか」と言っておられますが、私も同感です。ほとんどの人はデジタル化された本を読み、一部の人だけに紙の本が届けられるようになる。ただ電子書籍は読む環境に左右されますから、例えば古書店のような存在が過去に出版された電子書籍をリサイクルして50年後に売ることはとても難しい。だから電子出版されたものであっても、オンデマンド印刷のような形で紙の本として保存できるようにしたり、それこそフランス装のように独自の装丁を施して楽しめるようになるかもしれない。それが古書店に出まわって非常に高くなるというようなこともあり得るでしょうね。
小沼
それは一つの理想です。しかし既にアメリカではエスプレッソ・ブック・マシーンを使えば、Googleがデジタル化した著作権のない書籍が十分もかからずに製本されて出てくる状況があるわけです。
長尾
海外のある業者は、電子的なデータから紙の本を作成するプリンティングマシンを2、3万円で作ろうとしているそうです。仮に3万円だとしても家庭で買えてしまいますよね。もしそういうものが普及すれば、電子的なデータに個人的な好みを反映させるという世界へ転化する可能性は十分考えられます。
しかし先程言ったように、電子的なものはある程度時間が経過すればプラットフォームの変化によって読めなくなる危険があります。また読みたいと思う機会に備えて紙の形にする必要は生じますし、そういったものを古本屋さんが取り扱うというイメージはあります。
付け加えて、今後は電子的に出版された書籍も国会図書館へ納入してもらう必要があります。現在、出版された紙の本はすべて国会図書館へ納入することになっていますが、電子書籍に関しては法律的な根拠がありません。映画フィルムの原盤のように出版社が無くなれば行方不明になってしまうおそれがあります。ですから早急に電子納本制度を成立させなければいけません。仮に上手く行けば、電子的なものも国会図書館へすべて集まり、出版社が無くなってしまった後でも著作権者の許可を得られれば、誰でも自由に紙の形にすることができるようになるかもしれません。ただ電子納本制度についても出版社側は難色を示しています。「図書館に納めるとタダで読まれる。だから売れなくなる」という固定観念がどうしても離れないようです。
小沼
今までの公共図書館の在り方自体が出版社の利益を妨害している、そのような考えから抜け出せないのでしょうか。
長尾
しかし日本の文化を永続させるという意味においては、やはりすべてを保存する場所がなければいけませんよ。それをどういう条件で利用させるかということが問題であって、「出版業界の不利益にはならないようなモデルを作るためにしっかりと協議しましょう」ということを言っているんですけどね。
小沼
例えば日本でもHathi Trustのような形で国会図書館と大学図書館が連係するようなことはありませんか。
長尾
難しいでしょう。国会図書館には納本制度がありますが、大学はどんどん予算が減っていますから、購入する本も限定的になってしまいます。ヨーロッパなら「大学図書館でこれぐらい売れる」という想定が成り立ちますが、日本だと大学をあてにした出版はなかなかできない。これも日本の文化的な弱さと言えます。
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