理事長がゆく 第2回

パティシエ 辻口博啓さん

東京古書組合 理事長 小沼良成
小沼
このシリーズ対談は東京古書組合が今年の1月より発行している「日本の古本屋かべ新聞」の目玉企画です。広報手段の一環であることはもちろんですが、それ以上に色々な方からご意見を伺い、深刻な危機に晒されている古書業界が生き残るための道筋を模索する重要な機会であると捉えています。前回は国立国会図書館長の長尾真さんと、日本と世界の書籍デジタル化事情についてお話をしました。端的に言って日本は世界に比べてはるかに後れているということでした。それも欧米との比較だけではなく、同じアジアの韓国にも後れを取っているというのだから少なからずショックを受けました。さらに先月の初めには「韓国パジュ市出版都市代表団」という書籍出版業者のグループが、日本文化視察の一環として私たちの組合にまでやってきました。活発な意見交換を行いましたが、とにかく熱気がすごかったんです。
辻口 博啓氏
辻口
僕も仕事で韓国にはよく行きますが、経済も好調で活気がありますよね。
小沼
私たちも負けていられないと思いましたが、先程の日本が後れている理由というのは、結局のところ国が真剣に取り組んでいないからなんです。電子書籍が世界中で盛んに取り沙汰されるようになり、日本でも国会図書館所蔵の書籍をデジタル化するために127億円の予算を組みました。これは一見とてつもない金額に思えますがとんでもない。フランス政府は同じことに1000億円を投じています。なぜかと言えば、デジタル化の推進によって出版業界や著作権者にとっては当然不利な部分が生じるわけで、そうした立場へのケアを含めた文化政策として取り組んでいるからです。「日本は構想が甘いので出版社や著作権者と話がまとまらない」と長尾先生も嘆かれていましたが、辻口さんのような文化的とも呼べるお仕事でも、国からの理解が薄いと感じることはありませんか。
辻口
世界、特にヨーロッパと日本では芸術や伝統に対する価値観が圧倒的に違いますよね。例えばフランスには国家が定めたMeilleur Ouvrier de France(国家最優秀職人章)という称号がありますし、オーストリアには国が公認する「マイスター制度」が整えられていて、職人たちはその資格を得ることを一つの目標とします。日本にはこうした文化の担い手である職人の地位向上や、伝統的な技術を未来に残そうとする意識が大変希薄だと思います。しかも政治家や官僚の利権に絡むところには予算をつぎ込むのに文化的な部分に関してはとても疎かだから、その希薄な意識を変えるような機会に遭遇しにくい社会になってしまっています。先ほど小沼理事長が仰っていた、127億円と1000億円の違いも、フランスはそれだけの予算を投じることによって単に文化が守られるということだけではなしに、今までに無い価値の創造や観光誘致への期待まで念頭に置いているはずです。 僕は石川県七尾市で生まれました。七尾市の一本杉町には「花嫁のれん」という風習が伝えられています。花嫁が嫁入りの時にのれんを持参し嫁ぎ先の仏間の入口に掛け、結婚式の朝に花嫁はそののれんをくぐってご仏前にお参りをする。そういったことが明治期頃まではあったらしいのですが、一本杉町で商売をしている人ならばその風習について語れなければならない。もちろん地域産業の活性化ということもありますが、それ以上に私たちには「歴史を語り伝える」という大切な役割があります。フランスはそうしたことに国家レベルで力を入れていますよね。新たな文化を創出しながらもこれまでの伝統を重んじる。町の景観を損なわないようしっかりと管理し、ファッションや食を連動させながら一つの事業として取り組んでいる。日本にはそういう発想がありません。
小沼
なぜ日本はフランスのような姿勢が取れないのでしょうか。
辻口
日本の高度経済成長というのはアメリカの恩恵が強いですよね。市場が次々に拡大していくものだから、割と楽に商売をすることができました。それを変に勘違いして、行き着いた先がバブルの崩壊です。日本人は自分で巻き起こした風に乗っかって世界を相手にビジネスをしかけるという経験が少ないと思います。戦争に負けて、アメリカの思想に巻き込まれてしまった結果としてできあがったのが現在の日本ですから、国家方針に確固たる信念が無いような気がします。それが文化や歴史の軽視につながっているのだと思います。
小沼
新刊書店がほとんど大型店しか生き延びられないという現状があるのも、アメリカ型の大量生産・大量消費システムの行き着く果てですよね。古本屋は私が前回理事を務めていた15年前と比べても微減で済んでいますが、新刊書店はほとんど半減していますから本当に厳しいですよ。
辻口
作れば売れたという時代のフレームから脱却できないんですね。近い未来にばかり囚われてしまって、過去を易々と捨ててしまう。歴史の中で培ってきた日本のオリジナルな部分を尊ぶという気持ちがないし、このままではやがて無くなってしまうでしょう。歴史というのは未来学ですからね。先人の知恵や辿ってきた道は書物や文化財の中にしっかりと刻まれています。それらを振り返るからこそ見える未来があるし、葬り去ってしまえば未来なんか見えるはずもない。
書籍のデジタル化が良いか悪いかは僕には分かりません。ただ、血の通うような、人間の本質に迫ってくるようなものに触れたい時代になってきたとは思います。
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