理事長がゆく 第2回

パティシエ 辻口博啓さん

小沼
この対談に先だって知ったのですが、七尾市は辻口さんが敬愛しているという長谷川等伯(絵師 1539―1610)の出身地なんですね。
辻口
ええ。以前NHKの日曜美術館という番組に出演したときにも等伯の「松林図屏風」について話をしましたが、僕の人生に多大な影響を与えた人物です、等伯の作品はどこか世俗を超越しているというか、神の気配さえ感じるような気がして、インスパイアされることも多いし、パティシエとして少しでもその領域に近づきたいと思っています。彼は当時のメインストリームだった狩野派に迫害されながらも独自の世界を築き上げた孤高の天才です。
等伯は千利休が最も評価した絵師でした。この間利休の子孫の方と対談した際にお茶をいただいたんですが、その時に掛けられていた軸がなんと利休が等伯を初めて招いた時のものだったんです。私を等伯に見立てて下さったんですね。言葉にできないほど感動しましたが、こういうささやかな心配りこそが、この国を作ってきた先人たちから受け継いでいるはずの「日本人らしさ」なのだと改めて認識しました。軸は白鷺が静かに水面に立っているところを描いたものでしたが、まるで水の波紋が部屋全体に広がるような見事な構図でした。
小沼
素晴らしいお話ですね。歴史は未来学だと仰いましたが、私たち一人一人がそのことを理解しなければいけませんね。過去から学ぶことは沢山あるし、現状を打開できるヒントが絶対に隠されているはずですから。
辻口
古本だってそうです。もし今より多くの人が古本を手に取るような世の中になれば、間違いなく日本は大きく変わりますよ。
小沼
私たちが苦しみながらも商売を続けられるのは、趣味的な部分に限らず、古本にそういった力を期待する人たちがいるからでしょうね。
辻口
忙しない世の中ですから、どうしても「現在」ばかりが気になってしまいますが、人間的に成長したいと思うのであれば、長い時を超えてなお在り続けている伝統的な文物に触れるべきです。
金沢には「大樋焼」という340年以上前から続いている脇窯がありますが、僕はその十代大樋長左衛門という方の教えで作品を作らせていただきました。それは「大樋美術館」というところに置いてあります。また「つくる陶磁郎」という雑誌に連載を持っていたときにはどうしても黒田泰蔵さんに白磁を習いたくて、無理を言って最終回に教えていただきました。もちろん素人ができることではありませんが、しかし黒田さんのお話や実際にろくろを回してみたときの感触は心と身体にしっかりと刻まれていて、「大樋焼」もそうだけれど、何百年も昔の芸術が今もなお生き続けているということに畏敬の念を覚えました。そして自分の技術や作品もそうあって欲しいと願いましたが、何よりも大切なのは目を向けないだけで、日本にはそういう「古き良きもの」が沢山あるということです。
小沼
もし私たちが真剣に日本の文化を学び、評価できれば、もっと自信を持てるはずですよね。自分の国のことなのに欧米から評価されて初めて注目する。
辻口
冒頭で韓国の話がでましたが、僕は日韓ワールドカップの時にたまたま韓国に居たんです。その時に国際的な舞台で競い合うということに対する意識の違いをはっきり感じました。韓国のサポーターは「世界で一番優れている民族は我々なんだ。だから絶対に優勝する」というような自信に満ちたスローガンを掲げているのに対して、日本は「ベスト16を目指す」なんて言っている。彼らは命をかけて世界ナンバーワンになろうとしているんだと思って、本当に悔しかった。たかがスポーツと言うかもしれないけれど、その背景には自分の国に対する理解や想いの強さが如実に表れている。
僕は日本人にもっと誇りを持って欲しいんです。確かにフランスのように国が文化政策を本気になって推進してくれるのであればありがたいとは思う。職人を保護するような制度を作ってもらえるのならそれに越したことはない。けれども、そうならなくたって「古き良きもの」はちゃんと存在しているわけです。皆さんが扱う古本だってそうですよね。古本屋さんに行けばすぐ手に取れるし、そこから得られることは無数にあると思います。
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