理事長がゆく 第2回

パティシエ 辻口博啓さん

小沼
辻口さんにそう仰っていただけるととても励みになりますが、一方で我々古本屋に対する一番わかりやすい批判は「汚らしい」「触りたくない」という意見なんです。「古き良きもの」なんてとても思ってもらえない。新古書店は古い書籍を扱わず、新しいものをさらに綺麗にするような形で商売をしています。我々は明治・大正、さらにそれ以前の本も扱うわけですから、もちろんカバーや箱が無いものだってあるし、「古本は汚くて当たり前」だと思っているんですよね。
辻口
少し話は逸れるかもしれませんが、「古き良きもの」を大切にしないというのは、何も歴史云々ということだけではなしに、親が自分の子どもに教えなければいけないようなことさえ疎かになっているのではないかと思うんです。今お米を研げない子どもが沢山いて、洗剤でお米を洗ってしまうなんて話も聞きますが、普通に考えればとんでもないことだと分かるはずですよね。でもなぜかそれが分からない。そうした感覚の妙なズレ方は、小沼さんが言われた古本屋さんに対する上っ面だけを見た批判とどこか共通しているような気がします。
ですが、汚いという理由で古本を敬遠するのは本当にもったいない。古本は少しも「古い」ものではありませんよね。デザインや製本を見ていても、かえって今よりも新しく感じたりする。「こんな斬新なものが昔は当たり前だったのか!」とビックリする。もちろん見た目だけではなく書かれている内容についても同じことが言えます。色褪せないどころかずっと先の未来を予見していることだってある。歴史は未来学だと言ったのはそういうことです。そうやって時代を築いてきた人々と様々な形でコミュニケーションできるのは古本しかないと言って良いのではないでしょうか。手に取ることで時間すら越えてしまうのが古本の魅力です。
小沼
辻口さんのレシピ本も200年後の見習いパティシエが参考にするかもしれないですよね。「200年前にこんな素晴らしいレシピがあったのか!」と感動して。デジタル化してしまうと機器の問題で再生できなくなってしまう可能性があるから、本という形にして残すのはとても大事なことなんです。
ところで辻口さんは古本屋一般に対してどのようなイメージを抱いていますか?
辻口
子どもの頃に通っていた古本屋さんは怖かったですね。本に触っただけで「イタズラするなよ!」と怒られそうで。あと「ネバーエンディングストーリー」の印象も強くて、本というのは無限と言って良いほどの知識やロマンが詰まっているものだから、そういうものを扱っている古本屋さんは「何でも知っている人」というイメージもあります。
小沼
これから私たちが取り組まなければならないのは、従来の古本屋のイメージをいかに改善していくかということなんですよ。
辻口
だからと言って画一化している新古書店と同じような認識は受けたくないでしょう。個性が感じられる古本屋さんというのは、本の並べ方だけではなく内装にもこだわりを持っていますよね。本のセレクトは当然としても、その本を生かすための空間をどう表現するかに力点を置いている。
僕がよく行くパリの古本屋は「料理の本だったらここが一番」というようなところで、お客は料理人とパティシエしかいない。売り物ではありませんが、マリー・アントワネット時代のマドレーヌの型がディスプレイしてあったりして、入った瞬間にどんな店なのかがすぐに伝わる空気感があります。こういう雰囲気の古本屋に行くと、過去に生きてきた人々の様々な思いが一つ一つの本に隠されているという感じがするし、陳列の仕方を見ていてインスピレーションを得ることもある。そんな風に唯一無二の空間を作り他の店と差別化を図ることはとても重要です。極端な例えではありますが、もしモンサンクレールで和菓子を売っていたらブランド力なんて無くなってしまいますよね(笑)。フランス菓子に特化しているからこそ「このお菓子はモンサンクレールのものだ」と認められる。余計な物を削ぎ落として、お客様に何を強みにしているのかをすぐ伝えることのできる店作りをしなければいけません。
小沼
日本で売っている海外の都市のガイドブックにはよく古本屋が載っています。これは古本屋巡りが旅行者の楽しみとして認識されているということですし、また異国を知る良いきっかけにもなりますよね。そう考えてみると―今日は日本の文化に対する関心の低さということを沢山お話したけれども、古本屋にはこの国を世界にアピールする絶好の場所となる可能性が残されていると思うんです。例えば東京のガイドブックに個性的な古本屋が掲載されることがあれば、我々の地位も向上するし、魅力をもっと幅広く知ってもらえるはずです。
辻口
何よりも多くの人が「古本の楽しみ方」を分かっていないのだと思います。それを知ることができれば「古本は汚いもの」だなんていう偏見もなくなり、その豊かさに触れたいと願う人がもっと増えるはずです。だから皆さんには「古本は素晴らしいものなんだ」ということを積極的にアピールしていただきたい。何百年も前の人とコミュニケーションできるツールは本当に古本しかないのですから。
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