理事長がゆく 第2回

パティシエ 辻口博啓さん

小沼
辻口さんは私が大学を卒業する年のお生まれで20歳以上離れているのに、お話を伺っていると大変見識が深く、どこか達観しているような雰囲気を感じます。どうしたらその若さでそんな思想が根付くのかとても興味があります。
辻口
18歳で実家(和菓子屋「紅屋(べにや)」石川県七尾市)が倒産してしまったことが一番大きいでしょうね。生まれ育った家が無くなり、それまでの生活環境や人間関係がまるっきり変わってしまった。これからどうしたら良いのかと本当に恐怖でいっぱいでした。右も左も分からずに東京へ飛び出したわけですが―言葉にするのは難しいけれど、何というか、「これは現実なんだ」と直観できたんです。18歳という若さで厳しい現実にぶつかり、怯えながらもそれを正面から受け止めた。その時に得られた感覚―と言って正しいかはわからないけれども―そういったものが僕という人間のベースになっていると思います。僕は一日中働いていないと落ち着かないようなところがあって、幸いなことにお菓子を売ってお金をいただくというシンプルな商いはとても向いていると思いますが、をせずにそのまま店を継いでいたら自分がつぶしていたかもしれない。だからある意味では父親には感謝している、というか感謝できるようになれたんです。
フランスへ行って様々な国の人たちと競い合ったことも有益でした。言葉も思想も異なる人とのコミュニケーションはとても刺激的で大変感化されました。しかし本当なら僕も日本人であることの素晴らしさを語り、彼らに同じぐらいの影響を及ぼさなければいけないはずですが、それができなかった。日本人ほど自分の国について無知な人種はいないと痛感しました。語れるほど日本の歴史を知らないし、あまり言うべきではないかもしれないけれど、過去を正しく振り返ることをせずに美化されたものばかりを教えられているから、外国人に上手く伝えることができない。だから海外に出ると恥を掻く。 これから先の日本を思うのならば、みんながもっと見識を深め、正しいことを自分で判断できる能力を培えるようにならないといけない。書物の中にはその材料となる貴重な情報が詰まっています。それは本当に大切なものです。だから国家戦略として日本のブランド力をもっと高めるためには、自ら進んで書物を紐解くようになれるような教育を充実させるべきです。
同じ島国でもシンガポールの国家戦略はとてもドラスティックで、伸びしろがあるところしか力を入れないという印象すら受けます。どうしても誘致したい企業があれば法人税を思いっきり下げたりして、かなり強引なことをやるけれど、その結果あれだけ豊かな国になっています。日本は一億人以上の人がこれだけ密集しているのだから情報だって共有しやすい。本気になって立ち上がれば、世界でもイニシアチブを取れるはずです。
小沼
私は海外の業者とも多く取引しますが、彼らと深く関わるほどに日本人は素晴らしいなと思うんです。初めて海外へ行ったのは1970年で、その頃から日本食の店が何軒もあることには驚きましたが、「日本食を食べに行きますか」と現地の人を誘ってもほとんど断られていた。今ではまるっきり様変わりして、日本食はとても喜ばれますよね。
辻口
日本の料理人は世界でとても頑張っています。海外でもフランス菓子の店でトップに立っている日本人も少なくありません。
小沼
フランスの「国家最優秀職人章」のような資格制度を整えて、日本人が海外でより活躍しやすいようにバックアップして欲しいですね。辻口さんの扱いだってとても低いと思いますよ。イチローがメジャーリーグで記録を打ち立てれば大変な騒ぎになりますが、お菓子の世界はもっと間口が広いのだから、本来であれば辻口さんのことも国を挙げて評価するべきです。位階勲等ではないけれど、国が表彰しなければダメでしょう。
辻口
ただ、そのためにやっているわけではないし、興味もありません。僕の一番の目標はクールジャパンじゃないけれど、世界に「日本はカッコイイ!」と言わせることなんです。 僕はフランスにすごく憧れたけれど、どんなに頑張ってもフランス人にはなれないし、日本人であることを余計に自覚させられる。Meilleur Ouvrier de Franceは欲しかったですが、フランス人じゃないとダメだと言われてしまう。だったら自分が日本人であることを活かして世界と戦うべきだと思ったんです。フランスの真似をするのではなくて、日本人としての強みを発揮する。例えば日本人は農耕民族ですから、狩猟民族である欧米人とは身体の組成が異なっていて、チョコレートを口に入れたときに感じる温度も違う。鼻先に抜ける香りや口溶けや余韻もそうで、そうした部分を上手く組み合わせた作品でなければ世界で一番にはなれない。だからもっと深く日本のルーツを探りたいんですよね。
理事長がゆく 第2回(2/4)ページのトップヘ戻る

SEARCH 古本屋を探す

INFORMATION 即売会最新情報

東京の古本屋 | 東京古書組合ホーム > 理事長がゆく 第2回(2/4)

  • BOOK TOWN じんぼう
  • あなたの街の古本屋
  • 東京古書組合 東部支部
  • 文京の古本屋
  • 東京古書組合 中央線支部