理事長がゆく

アカデミックリソースガイド 岡本真さん numabooks代表 ブックコーディネーター内沼晋太郎さん

小沼
ところで文部省は、そういうことにお金を出しているのでしょうか。
岡本
たぶん、読書推進になってしまっている。読書感想文に象徴されるような、教育の要素が入りすぎているんでしょうね。ワーキングプアの問題もそうですが、「知は力なり」という言葉を信じるかどうかだと思います。私個人のことを言えば、自分の受けてきた教育や価値観に照らし合わせたとき、本当に必要なものならば買う、ということが生き方として身についています。それは当然の投資である、と。大概は、直接的にすぐ返ってくるものではありませんが、中長期的にみれば重要な自己投資、自分の価値を上げることの大切さを認識しているからです。 格差社会の中で、ある意味下のほうに押し込められ、デフレスパイラルから脱却できない人々は、「知は力なり」という言葉を信じていない。そういった立場の人々と接点を持っていて感じました。 でもそれは何も一部の人々に言えることだけではなくて、日本の社会全体にも言えることだと思います。いまだ日本の社会には、気合と根性、体力主義がまかり通っている。「知は力なんだ」、電子書籍だろうが紙の本だろうが、なぜ本を読んだほうがいいのか、ということを、知に関わる人々がもっと力強いメッセージとして出さなければいけない。ある意味ナショナリスティックに考えると、何の資源もない日本にとって、「知」しか残されていなんです。書籍の電子化の話に根本的に欠けているのが、「知の価値を信じるかどうか」ということだと思います。
小沼
僕は今の若者たちにそれを感じてしまいます。自分のインテリジェンスをどうやって磨くのか、ということに対しあまりに無頓着、無感覚すぎます。
岡本
体験の差、というのもあるでしょうね。今、家に本棚のない家庭環境で育つ子供が結構います。私は家に本がめちゃめちゃある環境で育ったので、家に本がない、ということ自体が信じられませんでした。なので、内沼さんの仰った「知の殿堂」的体験、それはそのまま公共図書館的役割に関わりますが、そういう体験をきちんとさせてあげる為のゲートが必要でしょう。特に今は大学進学率が50%を超え、大学が完全に大衆化してしまった。自分達の頃と大学進学の意味が相当変わりました。実際に大学で教えていて、学力が大学レベルに満たない学生が増えていることを感じます。日本語がわからない、日本語を読んでいないのでしょう。 絶対量としての若者が全部ダメということでは無いと思います。ですが、大学を出て、社会的には戦力として期待されている層でのハズレ率みたいなものは高くなっていると思います。読書の必要性という観点から話を続ければ、なぜもっと本を読み、知を身につける必要があるのかを説明する必要があるでしょう。学生にはよく「本を読め、君達の文章は読みづらすぎて、手を入れるどころじゃすまない」と言います。さらに「もっとカタい社会科学の本を読み、論理的な文章を身につけてくれないと、将来働き出したときに困るのはあなたですよ。自分が何をやりたいのかを上司や仲間に説明できない。今は学生だから話を聞いてあげているけど、仕事の関係だったら怒られるよ。」とも言います。結局、本を読んでいない、読んでいても文学書しか読んでいない。論理的な構成をされている文字を読み通すことによって、それはきわめて実利的な問題に繋がるんですよ、ということをちゃんと言っておいた方が良い。
内沼
良い先生だなぁ。それは言ってあげた方がいいですよね。
 
*   *   *
小沼
「知の殿堂」的体験の役割を図書館が担うとして、日本図書館協会の果たせる機能はあるものでしょうか。
岡本
充分期待は持てると思います。若手中堅で良い人材は育ってきています。 図書館も今は生き残りに必死ですし、新しい取り組みで価値を見いだしているところもたくさんあります。古書組合もいきなり本を売りに行くのではなく、「本の価値、楽しみを広げませんか」という呼びかけをすれば答えるところはあると思います。普通の公共図書館で古書の扱いのできるライブラリアンが、今はなかなかいないでしょうし。
小沼
なぜでしょうね。それに装備がいけないですね。しないといけないものでしょうか。
岡本
貴重書扱いなら装備をしないケースもあります。そこをやはり古書組合から価値提案をするべきではないですか。千代田図書館は千代田区に関する地域資・史料をきちっと集めています。そうすると必ず古書が必要になりますよね。業界の方から、地域資・史料充実の為にはこういうセットが必要ですよ、とか、どうやったらそういう古書を発見できるのかその方法を教えていくなど、余地はまだまだあると思います。地域資・史料の弱すぎるところ、探しているところはたくさんあります。充実が図れなければ、その公共図書館の存在意義が揺らいでしまうからです。特に、先の震災で被災した図書館のなかには、そういう資・史料だけは復元したいという所もあると思います。例えば津波で甚大な被害を受けた地域では、明治大正昭和の津波に関する資・史料を復元することはとっても重要な問題です。ニーズは存在しているんです。一点一点は安くてもパッケージ化すればいいんです。古書業界がどうやって、どのくらい集められるのか、提案できるかに真価が問われているのではないでしょうか。ニーズ自体は基本なくならないはずです。古本屋さんこそ人々の知的生活にとってのコンサルタントたりえていいはずだと思います。
 
*   *   *
小沼
個々の古書店が努力するのはもちろんですが、組合として何らかの文化のムーブメントを起こす必要もあれば、その場所もまだまだ残っていますね。今まで、紙の本、電子書籍など単体でしか語れませんでしたが、お二人のお話をうかがうとそんな問題ではないんだ、ということがはっきりしてきました。このような考え方があるということを、組合員の皆さんにも理解していただいて新たな第一歩にしたいと思います。
岡本
ほんとにそんなに悲観することは何もなくて、僕や内沼さんを始め、本にかかわる仕事で飯を食っていこう、という世代はバカスカいるわけです。中の人が心配するほど悲観することは何もないと思いますよ。ほんとにヤバかったらこんな仕事していないですから!
小沼
アカデミックなものが凋落してしまってそれに代わる何かが見つからない。インテリジェンスが必要なんだ、知が力を持つ必要があるんだということを考える必要がありますね。 本日はどうもありがとうございました。
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